「好きなんだ。これ以上一緒にいたら、何するか分からないくらい。―だから、当分ほっといてくれよ」
 そう言った藤原がどれくらいの想いを抱えていたのか、ボクは知らない。

 アンバランスなKissをして

 あんまり刺激的で面白そうなことをしていたから、暇さえあればまとわりついてたのは確かだった。
 それがまさかあんな言葉で遠ざけられようとは。
 青天の霹靂、と言って差し支えない。
 そっとしておいたほうがいいとは、思ったけど。

 もう遅いって言葉、知ってる?

 ボクはキミが何を研究してるのか知ってる。
 危険と隣り合わせのところまで突き進みかねない、刺激的な研究。
 だけどそんなこと言っていられるのは、それが自分にとって危険じゃないから。

 キミはちゃんと、その境界を知ってるの?

 * * *

 藤原がいつも使っている実験室にあたりをつけて、吹雪は引き戸を開けた。
 案の定そこにいた藤原は、今日はもう片づけを始めているようだった。
 無言でそれを手伝い始めると、藤原は一瞬驚いた顔をしたものの、特に何かを言ってはこなかった。
「これ、いつものとこでいい?」
「ああ」
 実験道具が片付けられていく音と、必要最低限の二言三言だけが響いて、無音ではないはずなのに、やけに静かな印象がする。
 最後に机の上に残ったのは、積み上がった実験ノートと資料らしい文献。どう見ても一人で一度に運べる量ではない。
「…全部部屋に持っていくの?」
「そうだけど」
「一人で?」
「まぁ」
 藤原が怪訝な目で見ているのが分かったけれど、態度を変えるでもなく吹雪はその本を一山抱え上げる。
「手伝うよ」
「…うん」

 * * *

 二人で並んで歩いているのに、言葉は無かった。
 藤原の部屋にたどり着くと、藤原は自分の持っていた本を床に置いて、ドアの鍵を開けた。
 足元の本を持ち上げようとかがんだ藤原の顔が、不意に上を向いて吹雪の様子を窺う。
 何か言おうとしたようだったけれど、結局は何も言わずに立ち上がって部屋へと入っていった。
 後について吹雪も部屋へと入った。
 本を机に置くと、半端に引っかかっていたドアの金具がかみ合う音が聞こえた。
 別に、勝手にドアが閉じた、それだけだ。
 ただそれは、十分なきっかけだったらしい。
「…あのさ、今更ここで聞くのも卑怯だとは思うけど」
 ゆっくりと振り向いた吹雪の真後ろに、藤原は立っていた。
「意味、わかってやってる?」
 何の意味かとか、そういうことを聞き返すほどわかっていないわけではなかった。
 けれど吹雪はこう言った。
「…正直、あんまり分かってない」
 どこか硬い表情で、俯きがちに答える。
「ただ今、藤原を一人にしちゃいけないって…そんな気がする」
 藤原の左手が、吹雪の体を引き寄せる。
 右手で上を向かされて、藤原と目があった。
 どこか儚い、微笑み。
「吹雪は馬鹿だね」
「…そんなつもりないけど」
 視線を逸らしながら、吹雪はそう答えた。藤原が笑った。
「ごめんごめん、訂正する―」
「…っ」
 ―そのまま唇を奪われて、どう訂正されたのかは謎のままになった。

 * * *

「―大丈夫だった?」
 その言葉自体は実際気遣うものだったが、吹雪は呆れた顔でこう返した。
「…今更でしょ」
 誰のせいだ、という意味を暗にこめて。
「まぁね」
 特に悪びれるでもなく藤原は答えた。
「でも、結構無理させちゃっただろ?」
 そう言って至近距離で微笑む藤原の顔を見るのは嫌いじゃない。
 それが吹雪の本音だった。
 無理をしたのは確かだ。
 けれどそれにしたって―本当に嫌なら嫌と言うし、そう言えば藤原は多分、ここまでの無茶はしなかったはずなのだ。無理をさせられたわけじゃない。
 ただどうしてもひっかかるものがあって、吹雪は口を開く。
「…例えばさ、ボクがもし女の子だったら」
 突拍子の無いことを口にしたと思うのに、藤原は簡単に相槌を打つ。
「うん」
「もっと簡単に藤原のこと好きになって、もっと簡単に振られてたと思うよ」
 暫く沈黙が流れる。
 吹雪には、それ以上は言えなかった。
 藤原が目を瞠る。
 それが真剣な顔つきに変わって、ゆっくりと近づいてくるのを見て、吹雪は静かに目を閉じた。

 * * *

 鈍い痛みを全身に感じて、吹雪は目を覚ました。
 ぼんやりとした視界がやけに広くて、ハッと意識が覚醒する。
「藤原!?」
 隣で寝ていたはずの藤原の姿が無い。
 そこは今まで誰かが寝ていた気配さえ希薄で、嫌な予感がどんどん強くなっていく。いや、既にこれは予感というよりも―予感的中、と言ってよかったのかもしれない。
 無視できない体の痛みに邪魔されながらも、放ってある制服を着こんで、吹雪は迷わず特待生寮へと向かう。
 誰にも邪魔されずに、何でも出来る場所。
「冗談きついって…!」
 軽口を叩こうとしても無駄だった。
 生憎と藤原が何を言っても、何をしても、それは冗談なんかじゃない。
 学生寮の地下へと足を踏み入れて―藤原を見つけたときには、一瞬、間に合ったと思った、のに。
「…何をやっているんだ!」
「吹雪」
 藤原の顔には、異様な雰囲気を放つ仮面が貼りついていた。
 そのせいなのかどうか―今の彼は、狂気に取り憑かれているようだった。
「俺はやっと見つけたんだよ…究極の力、ダークネスを!」
 それを聞いて、吹雪は戦慄する。
 こんなにも早いとは―まさか目指すものに既にたどり着いていたとは、思っていなかった。
「やめろ!キミの研究が本当なら、その力を手に入れるためには…!」
「俺の魂を捧げなければならない。だが、それでもいい。俺は手に入れたいんだ、人を超えた力を…!」
 藤原の腕を伝う紅い液体が、吹雪の目に止まる。
「何を、しているんだ…」
「永遠の命と、力を」
「やめろ!!!」
 その液体が―藤原の血が、床に描かれている魔方陣の中心へと落ちた瞬間、そこから巻き起こった風が、吹雪までも飲み込んでいく。
「くっ…」

 * * *

 暗闇の中。
 天地も定かでない空間に、自分と藤原はいた。
「ここは…」
「ダークネスの入り口」
 宙に浮いた仮面の向こうで、藤原が答える。
「吹雪、お前を巻き込んですまない。俺はダークネスと一体となる」
 憑き物の落ちたような顔で、藤原は微笑んだ。
 ただただ綺麗に。
「行くな、藤原!」
 もう遅い―もう、遅い。そんなことはわかっている。
 それでも、吹雪はそう叫んでいた。
「それはお前にやるよ」
 ダークネスの仮面。
 藤原の生み出したそれを、吹雪は手に取った。
「俺には、もう必要の無いものだ…。さらばだ、吹雪」
 遠ざかってゆく藤原を、どうすることもできなかった。

 * * *

 闇は藤原と共に霧散して―もとの空間へと、吹雪は戻ってきた。
 藤原はいない。残されたのは、ダークネスの仮面だけ。
 その仮面に、一粒の涙が落ちた。
「…すまない、じゃないよ、ほんとに…」
 体から力が一気に消えていくようで、吹雪はその場にうずくまった。
 こうなることだけが、ずっと、怖かった。
 こうなってほしくなくて傍にいた。
「ボクのこと好きだとか言ってたくせにさ…」
 驚いて。
 距離を置こうとして。
 できなかった。
 放っておけなかった。
 今となってはもう、その感情の正体を確かめる意味さえ見つからないけれど。

 一緒にいたかったのに。

「結局、置いていっちゃうんじゃないか。この馬鹿…っ!!」

 永遠の拠り代は、暗がりの中で漆黒に輝いていた。

 * * *






 ―吹雪は優しすぎるから。

 普通の手段じゃ、俺だけのものにはきっとならない。

 さらばだ、なんて言ったけど。



 俺は永遠に、お前の傍を離れるつもりなんてないんだよ?


 080109

タイトルが前半日記掲載時「ラストウィッシュ」から懐かしのアニソンに変わりました。
最初から書かないつもりだったのに、できあがってみたらこれでなんで裏ページ的な描写が無いのかと自分で首をかしげるような話になりました(爆)
159話は動画の感情レベルと遊佐の演技がかみ合ってないと思う☆という言い訳は掲げておきますが、捏造はなはだしい(苦笑)
「ダークネスと一体になる」→ダークネス=藤原→仮面を持ち続ける吹雪→吹雪と藤原はどこまでも一緒、な解釈はあながち間違いではないですよね…?
これと『僕らのコードネーム』を並行で書ける自分の頭がちょっと心配。

 
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