Identity/アイデンティティ |
見慣れてこそいない、けれどなじみのある姿に、亮は声をかけた。 「初めまして、といったところか」 「…誰だ、お前は」 声をかけた少年は、黒ずくめでいかにも怪しい自分に、警戒心をあらわにした瞳を向ける。 「分からないか?」 「………」 不敵に笑う自分を、彼はただ睨みつける。 試すような口ぶりはいささか意地が悪かったか。そう思う反面、どうしても試さずにはいられなかったのも事実だった。 「…何故、オレと同じ顔をしている」 彼が感じたのは多分、嫌悪感だったのだろう。その頑(かたく)ななまでの厳しさが敗因だと、今では知っているけれど。 (何も知らない。…知らずにいられた、あの頃) 「オレはお前だからな」 彼が目を瞠(みは)った。 予想してはいたのだろう。だがはっきりと言葉にされた事実に、一瞬動揺した―かに見えたが。 まじまじと自分を見つめてから、一言。 「分からん」 かつての自分自身は、いっそ澄き通った瞳で断言した。 「…フッ…はははっ!」 その答えに、亮は盛大に吹き出した。驚嘆した、と言っていい。 目の前で爆笑する大人に、少年は呆れた顔で尋ねる。 「何がおかしい」 「いや…すまない、少々あなどっていた」 ひとしきり笑い終えてから、亮は自分自身へと向き合う。 「分からないのが当然なんだろうな。確かにオレも、分からなかった」 過去の自分であるはずなのに、そういう反応が返ってくるとは思わなかった。 「…お前は、オレのことは全部知っているんじゃないのか?」 いぶかしげにそう尋ねた少年は、分からないと言っておきながら、自分が彼の未来の姿だという事は理解しているらしかった。 「知ってはいるがな。分からなくなったことも多い。特にそういう、感覚のようなものは」 「…そういうものか?」 「ああ」 自分があまり褒められた経歴を辿っていないことは感じているだろうに、それが自分の未来だと知っても動じない尊大さは、物知らずと否定するにはあまりに眩しすぎた。 だから亮はこう言った。 「デュエルしないか?お前も好きだろう」 唐突に過ぎるその言葉に、彼は意外にも笑って見せた。 「ああ」 「「デュエル!」」 * * * ―強いな、お前は。 「――…」 窓から差し込む光に、亮は目を覚ました。 「あ、おはよう、兄さん」 「…おはよう」 先に起きていたらしい翔―新プロリーグ設立のこともあって、卒業後同居を始めた弟―は、既に朝食の準備までしてくれている。 ついこの間まで自分が入院生活だったせいか、実のところいささか申し訳ないほどに、翔はいたれりつくせりの世話を焼いてくれる。 (これではどちらが上なのか、分かったものではないな) 「…なんか、楽しそうだね?」 不思議そうな顔で、翔がそう尋ねた。 確かに、心は軽かった。 「面白い夢を見たからな」 「え?どんな夢?」 「昔の自分とデュエルをする夢だ」 「それって…アカデミアのときの?」 「ああ」 「どっちが勝ったの?」 興味津々で尋ねてくる翔に、亮は苦笑した。 「生憎と、それは分からなかったな」 「えー、勿体無い…」 こんな風に翔と打ち解けて話せるようになったのは、驚くほど最近のことだ。 そんなことを思いながら、夢を思い返す。 “強いな、お前は” この最後の言葉をどちらが発したのか、今はもう分からない。 けれどそれをどちらが言ったのだとしても、正しいのだろうと思えた。 「…でも、どっちも兄さんだもんね」 そう締めくくった翔の言葉も、それを肯定している気がした。 「ああ、そうだな」 * * * 強いな、お前は。 (オレはオレを…許せたのか) 過去と現在の自分が、認め合った夢。 それはきっと、新しい未来へのスタートラインだった。 080624 080625(微修正) |
Copra(コプラ)、日本語で繋辞(けいじ)という概念があります。簡単に言うとbe動詞、あるいはイコール記号のことなんですが。「AはB」と言うときの「は」。西洋ではその昔、神(永遠普遍)と自分を繋辞でつなぐ(要するに信仰する)ことでアイデンティティを確かめたそうです。 大学でそんな話ばっかり聞いてるから思いついたんだろうなこれ。 デュエリストはデュエルでアイデンティティを確かめる(笑) …実はこの話、発端は「カイザー×ヘルカイザー、夢の中ならいけるんじゃね?」って思ったことでした(核爆) ドSとSMって思ったら、つい、CPにしたくなって(えー) 年下攻めに誘い受け!みたいな。 いや、理由は一応あるんですよ。要するにカイザーとヘルカイザーがお互いを「好きだ」って思えるっていうのは、進むために必要だよね?っていう。 でも生憎彼らはデュエリストなんで、そんな甘っちょろいセリフ言い合うよりデュエルするほうが簡単だよね!っていう当たり前の転回を遂げた結果、こうなりました。良かったね翔!(←BLじゃ多分出られない・笑) |