「…アカデミアは生徒の全部を受け止めてくれるって、お前言ったよな」 「え?うん。そういう懐の深さがここには…」 「―それなら、お前がアカデミアにいるうちに言うよ。…オレは、お前が好きだ」 二人のスタートライン 突然の告白に身構えていなかった吹雪は、数回瞬(まばた)きを繰り返してから、無言のまま藤原を見つめた。 不安げな顔で、藤原が呼びかける。 「…吹雪?」 そう言えば今更ながら藤原に名前で呼ばれていたことに気づく。それはほぼ間違いなく彼がダークネスの仮面を手にしたあの瞬間からで、ああ彼にとってはダークネスという過程は経て悪いものではなかったらしいと、だったら自分の言ったことはものすごく本当だったのかと妙な感慨を抱(いだ)く。 「…でもボクは、もうここからいなくなっちゃうけど」 思わずそんな言葉を吐いてしまっていた。 「知ってるよ」 少々怒ったような顔で藤原は言った。 「それはそうだけど、今はちゃんと気持ちを伝えたくて」 少し言いにくそうに、そこに沈黙が挟まる。 「…ちゃんと気持ちを聞きたくて、それだけなんだよ」 若干自分勝手かもしれないけれどと、その口調は言っていた。 けれど吹雪には、それは誠意で答えるしかない言葉だった。 例えばあの仮面に解き放たれた感情の一部が彼の呼ぶ自分の名前に表れているのなら、彼はどれだけの感情を押し隠してきたのだろう。誰にも触れず、触れられずに。 「ボクは」 触れられず触れなかったのが自分だった。彼の傷ついた心を守る透明な壁を、打ち砕く暴挙にはとても出られなくて。そうして見出した彼の出口は、結果だけを見てみればほとんど正解と言ってもいいのかもしれない。あまりに不謹慎で結果オーライな考え方だが。 「…キミのこと、大好きだよ」 不思議なことに。 戸惑いつつ紡いだはずのその言葉は、掠れそうなほど震えていて。 (…ああ、そうか) あの頃は。 (想うことさえ、できなかった) 好きなんだと、そう思うことさえ無意識にセーブしてしまうほどに、傷から来る彼の拒絶は強かった。 だからこそ今、せき止められていた感情が溢れていく。 「…ちょ…っと、待って、ごめ…っ」 涙が止まらない。 しゃくりあげるようにして泣き出した吹雪を、ほとんど抱きつくようにして抱きしめて、藤原が言った。 「泣くなよ、オレまで泣きそうになる」 そう言った声はもうとっくに泣き始めていて、しばらくそのままで二人で泣く羽目に陥ってしまった。 多分それは、流れてしまった時間の中で、置き去りにされていた互いの想いが一度に発現したからで。 泣き方が嗚咽に変わって、ようやく落ち着いてきたところで、どちらからともなく大きく息をつく。 「…はー…」 顔を見合わせて、吹雪が笑った。 「ひどい顔」 「そっちこそ」 一気に気が抜けて、今度は二人で笑った。 本当に心底。こんな風に笑ったのは、初めてかもしれなかった。 「…あーあ、もったいないな、本当なら一緒に卒業できたかもしれないのに」 「それは…悪かったよ」 ばつの悪そうな顔で藤原が言った。 「まぁ、いいけどね」 こうして告白してもらえるためだったのなら、今までの何もかもが安い代償だった気さえしてしまうのだから恋とは恐ろしい。 「さて、これからどうする?あと二年アカデミアにお世話になる藤原くん?」 「嫌味な言い方するなよ」 「いやいやはっはっは、ここはいい所だよ、しっかり満喫して損は無い。ただ少し…不安はある。キミにもボクにも、これからたくさんの新しい出会いがあるだろう?ボク達は変わらないでいられるのかな」 冗談めかして言ったけれど、不安なのは本当だった。やっとコミュニケーションへと踏み出し始めた藤原が、果たしていつまでも旧知の自分を好きでい続けてくれるだろうか。自分もまた新しい環境の中で、気持ちを変えずにいられるだろうか。 「変わったっていいじゃないか」 心外だとでも言うように藤原は言い切った。 「そんなの気にして人を好きになんかなれないよ。なんかそれ自体、変わるってことだし」 その言葉に吹雪は目を丸くして、そして盛大に笑った。 「…っははは!確かにその通りだ」 そう言った藤原こそ、まさに“変わって”ここにいる藤原だった。変化を恐れては進めない。停滞は淀みへとつながる、その脅威をこそ、ダークネスの一件は教えている。 「参ったよ。このボクが恋愛で一本とられるとはね」 茶化されたと思ったのか、まだ若干むくれている藤原に、吹雪は真摯な瞳で言った。 「二年、ちゃんと待ってるよ。保証はないけどね」 それでようやく納得したのか、藤原も強気で答える。 「分かってるよ。こっちだって条件は同じなんだから」 誰も見たことのない未来へ、自分たちは歩きだそうとしている。どう変わるのかを恐れていては、次の一歩は踏み出せない。 「…ひとつだけ、お願いしたいことがあるんだけど」 「何?」 吹雪は藤原の耳元で、小さくこう囁いた。 二年後もちゃんと両想いだったら、名前で呼ばせてくれないかな? 「〜〜〜っ!!」 多分吐息がかかったのだろう耳をかばいながら顔を真っ赤にして飛びのく藤原。 「お前は!!そういうキザったらしいことをするな!!」 が、その藤原が目にしたものは、こちらに背を向けてうずくまっている吹雪という珍妙なもので。 「…だって、さすがに恥ずかしかったんだよこれ言うの…」 「このやり方のほうがよっぽど恥ずかしいだろうが!!」 ほとんど反射で藤原が叫んだ。 「そうだけど〜」 これなら顔見えないし…などと、なおもぼそぼそと吹雪が呟く。 「…それに、なんで二年後なんだ?別に今からでも…むしろ呼んでほしいけど」 藤原がため息をついてもらした本音に、振り返らないまま吹雪は言った。 「いっちばん最初会った頃に頼んだときは呼ばせても呼んでもくれなかったくせに、いつの間にかこっちだけ勝手に呼ばれてた仕返し」 「…お前な…」 呆れている藤原の前で、ぷはーっ、などと意味の分からない息をついて、吹雪が勢いよく立ち上がった。 まだ少し赤い顔で振り向く。 「…駄目かな?」 そう問われて思いついた答えに、ああ自分も十分恥ずかしい思考回路をしているなと藤原は思った。 (もう、なんでもいいや) 「今キスしていいなら、いいよ」 「…いいよ」 もちろん、とでも続きそうな言い方だった。 そこから暫く沈黙が続いて、無言のままゆっくりと互いの肩を抱き合って、ぎこちなく唇を重ねた。 「…お前さ、意外と純情だよな」 「キミは意外と図太いよね」 「悪いかよ」 「大好きだよ」 かみ合わないセリフに藤原は一瞬面食らう。 「…オレだって」 何か意地でも張るように言って、もう一度口づけた。 多分ここから、「二人の恋」が、始まる。 080926(日記) 090109(修正転載) |
今藤原書くともうちょっと弱気になりますが、方向性はこういう性格だと思うんだ。 D藤原に毒されてるかもしれないけど(笑) 吹雪はちょっと遊びすぎたような… でも意外に純情だといいなという願望は抱き続けている(笑) |