連絡もなしにいきなり突撃したから、まぁ、こちらにも落ち度はあるだろう。 「…吹雪?」 インターホン越しの声はやたらめったら低かったし、開いたドアの先にあった顔は完全に目が据わっていて、タイミングが悪かったかとも思った。 「ぃ、いや〜はははは、…来ちゃった」 だからって。 玄関先でいきなり全部持っていかれそうな勢いでキスされたあげくベッドに強制移送させられて言葉責めつきで手酷く抱かれようなどとは、誰が予想するだろう。 正直、怖かった。 だけどそんな時間が終わって、荒く息をついた瞬間。 「亮…?」 「…っ」 滲(にじ)んだ視界の中で、その表情が弾かれたように変わって― ―呆然としている亮というものを、初めて見ることになったのだった。 FINE DAYS 〜明日は晴れ!〜 「あ…」 そう呟いた亮が、次の言葉を発するまで、また少し時間が空いて。 「…吹雪、」 その先に何か言おうとしたようだけれど、結局言葉にはならなかった。 今にも泣き出しそうな表情で、代わりに優しく抱きしめられた。 決して傷つけまいとするような優しいだけの、だからこそ胸が苦しくなるような抱擁の中で、彼が言いたかった言葉が分かる気がした。 (…謝れないんだ、今) 言葉にして言えないことがある。 だからこれは、その代わり。 わかったと、もういいんだと伝えたくて、同じように彼を抱きしめた。 * * * どれくらいそうしていただろう。 無言の抱擁のあとにはやわらかな口付けが降って来て、落ち着いた声で亮が言った。 「シャワー、先に浴びるといい。一人で大丈夫か?」 「うん、多分」 強がりにも聞こえそうな付け足しに亮は苦笑してから、タオルと着替えを手渡してくれた。 「なんだか、いたれりつくせりだね」 「…まぁ、このくらいはな」 微妙な後ろめたさが見え隠れするセリフに少しだけ笑って、ありがたくシャワーを借りることにする。 ずいぶんさっぱりした気分で上がると、入れ替わりに亮が言った。 「適当にしていてくれ」 そう言えばここは亮の部屋だったと、何故かそれで実感した。 (ブルー寮でもお互い個室は個室だったわけだけど…やっぱりちょっと違うかな) 一人暮らしだと、部屋と言うより部屋そのものが家だからか。そんなことを思いながら見渡すと、本棚が目に入った。 (相変わらず、見事にデュエル関係ばっかり) 「…あれ?」 亮の部屋は、ものすごく片付いているかというと若干意外なことにそうではなかったけれど。その中でも乱雑に平積みされている雑誌と本を数冊見つけて、手に取ってぱらぱらとページを開く。 「…それか?」 「ぅわっ」 早々に上がったらしい亮が後ろに立っていて、その声にかなり驚いた。 「早いね」 瞬間的に激しいことになっている心臓をなだめすかしつつそんなことを言ったが、亮はそれが聞こえているのかいないのか、複雑そうな顔でその本を見つめている。 「…これ、全部エドくん関連だよね?」 「ああ」 そのすべての雑誌に、エド・フェニックスの特集や記事があって。そして一冊だけの書籍の著者は彼自身だった。その本はまだ、透明ビニールの包装さえ剥がされていない新品同様。 「…こだわっているつもりはないんだがな。本心はそうでもないらしい」 プロリーグで、亮を最初に負かした人間。それは多分、本人もその前に負けたのがいつか分からなくなるくらいに久しぶりの負けで。 あのデュエルがなかったら、今の亮はここにはいないだろう。 普通なら、こだわるのが当たり前という気もする。 けれど亮は、相手が誰かが問題だったわけじゃないと知ってるから― …ぐぅ。 …思考を中断させるように、ボクのお腹が鳴った。 亮がぷっと吹き出して、面白がるように言った。 「何か食べるか?」 「…うん、お願い」 いたたまれなくて赤い顔で答えたけれど、微妙に緊張した空気をほぐすには、むしろいいタイミングだったのかもしれない。 台所で火を使っている音がして、何が出てくるのかと思えば。 「こんなものしか無いが」 そう言って出てきたのは、二人分のご飯とみそ汁、ついでにふりかけ。 「…これひょっとして、亮が作ったのかい!?」 「あ、ああ」 ボクの驚きように(というか感動していたのだけれど)、怯(ひる)みつつ亮が答える。 多分亮が炊いたご飯に、見たところインスタントでもなく、どうやら作り置きしていたらしいみそ汁。 確かにシンプルにも程がある取り合わせかもしれないが、最近の亮の動向(と言うよりヘルカイザーのデュエル)を知っている者ならば、十分感動するだけの余地はあると思う。 「うわー…いただきます」 「いただきます」 なんだかすごく貴重なものを食べている気がしつつ、ご飯とみそ汁を交互につつきながら言った。 「ちゃんと自炊してるんだね」 「いや、再開したのは最近なんだが」 「そうなの?」 「ああ」 そこで会話が切れてしまって、悪いことを聞いたかなという気がする。 けれど、だとしたら、彼はまだ相当― 「…ボク、休学しようかなぁ」 「…は?」 唐突なボクのセリフに、亮は間の抜けた声を出した。 「そうしたら、亮にご飯くらい作ってあげられるし。まぁできるものはどっこいどっこいだとは思うけど…マネージャーみたいなこともできなくはないだろうし?」 「いや、待て吹雪、何故そうなるんだ?」 「うーん…」 ―言って、いいんだろうか。 ジェネックスの時に見た、すべてを切り裂くようなあの瞳がちらつく。 迷っているわけではなくても。 それでもまだ…まだキミは、もがいているんじゃないのか、と。 「…亮のそばにいたいからだけど…」 悩んだあげく口をついて出たのは、ありきたりな上ただ甘いだけの、自分で赤面しそうなセリフで。 「ごめん、今のナシ」 慌てて顔を逸らして手を振った。 ぱちくりと目をしばたたかせてから、亮は意外にも笑った。 「気持ちはありがたいがな」 「え、そ、そう?」 「それだと、いつかはアカデミアに帰ることになるだろう?」 「?うん、そうだね」 思わぬ方向から突っ込まれて、意図が分からなかったのだが。 「そのうちまたいなくなるくらいなら、そういうことは卒業してからにしてくれ」 さらりと告げられたその言葉を、冷静に噛み砕くのに、ゆうに十秒はかかった。 「…なんだかそれ、卒業してオレのところに永久就職しろって聞こえるんだけど」 素直に思った通りを告げると、亮はしばらく考えてから視線を逸らす。 「…言われてみればそうだな」 「自覚ないんだ?」 その自覚の無さにむしろ笑った。 亮はたまに無自覚に爆弾発言をするから、ある意味自分よりもタチが悪い。確信犯の自分は時と場所を選ぶけれど。亮の不意打ちにはTPOなどあったものじゃないから、あたふたして困ることは実は自分のほうが多いんじゃないかと思う。 (こういうところ、変わらないなぁ) 「ま、亮が言うことももっともだしね。とりあえずボクは卒業しないと、かな」 「あと一年、か」 ぽつりと、亮が呟く。 「…長い?」 「そうだな…一年あれば、いくらでも変わるからな」 この一年で、誰が見ても変わったと言われるだろう亮が言うのだから、その言葉には実感がこもっている。 確かにそうだ。一年あれば、何が起こってどう変わっても、不思議ではない。 だけど― 「亮」 顔を上げた亮の額に、軽い口付けを落とす。 「ボクはずっと、キミのこと大好きだよ?」 シンプルな言葉だからこそ。 この言葉を裏切らない自信はある。 ひょっとしたら自信ではなくて、誓いなのかもしれないけれど。 「…ありがとう」 そう言って亮が微笑んだから、彼はきっと大丈夫なんだろうと、そう信じられる気がした。 080913 090113(日記転載) |
ヘルカイザーの作ったご飯とみそ汁ヘルカイザーの作ったご飯とみそ汁ヘルカイザーの作ったご飯とみそ汁ヘルカイザーの作ったご飯とみそ汁。 妄想中に思いついてしまったこの言葉が呪いのように頭を離れなかったから書くしかなかったんだよ!!!(爆笑) 今なら言える。あ り え な い (笑) 普通これ吹亮で書くんじゃないのか。何故亮吹でこれなんだ。料理ができる攻め万歳(笑) 私にとっての亮吹萌えてんこもりです(笑) 休学は例の没ネタに触発されて。 エドの処女作は「「それはどうかな」と言えるデュエル哲学」だとは思うんですがそのへんはスルーで☆ タイトルは金色のコルダのキャラソン。ものすごくほのぼのした歌。 いろいろごめんなさい(土下座) |