Shangri-La



 ダークネスの一件が片付き、卒業式も目前に迫った夜のこと。
 こんこん、と窓を叩く音がして、亮はカーテンを開けた。
「やあ」
 そこにいたのは吹雪で、亮が窓を開けると堂々とそこから中に入ってきた。
「…せめてドアから入ってきたらどうなんだ」
 呆れ半分で亮が言うと、吹雪はけろりとこう答えた。
「こういうのは情緒が大事なんだよ」
 言ってウィンクひとつ。
 それを当たり前に受け流せる程度に、亮も慣れてしまっていた。
 吹雪が演出過剰なのは今に始まったことではないし、むしろなくなったほうが物足りないのは今やこちらのほうかもしれない。空恐ろしいなと、亮は内心で呟く。
「それで、用は何だ?」
「あ、うん、これ」
 そう言って吹雪が取り出したのは、寄せ書きとおぼしき手紙だった。
 もう既にかなり書き込みがしてある。
「なんだか十代くん、卒業したら一人でどこか行っちゃいそうな気がしてさ。みんなでこれ押し付けようって話になったんだよ。亮も書かない?」
「…いや、オレはいい」
 少し考えてから、亮はそう答えた。
 吹雪が少し意外そうな顔をする。
「え、そう?」
 キミなら何かあると思ったけど、そんな顔だった。
 亮は苦笑して言った。
「書くことが思いつかないんだ。今更、何を言う必要も感じなくてな」
「うーん…そんな冷たいっ!とか言いたいところだけど、これはむしろ深い何かを感じてしまうよ…」
 茶化した風で言う吹雪は、これで結構鋭い。
 亮は笑って言った。
「十代に言ってやる言葉は思いつかないが。多分オレにとっては、デュエルリーグを作ることがその代わりになるんだろう」
 その言葉に、吹雪は少し考えてからこう言った。
「…いつでもデュエルしよう、ってこと?」
「そんなところだ」
 むしろその言い方になるほどと思いながら、亮は遠くを見つめるように語る。
「…この学園には、夢が生きている。あいつもその一人だった」
 その眼差しを見つめて、吹雪はふと、ずっと聞きたかったことを口に出した。
「…『ヘルカイザー』は、…辛かった?」
 異次元で、自分の知らない間に何があったのか、翔や十代から少しは聞いている。
 けれど亮の口から、そのことについて聞いたことは無かった。
 驚いたような表情をしてから、亮はふっと微笑んだ。
「ずっと、夢を生きていたせいなんだろうな。辛くても、苦しくても…自分を不幸だとは、どうしても思えなかった。師範に誤解されても、お前に理解されなくても、翔に罵倒されても…それがオレを思う故だと、分かっていたから。言えるのは今だからだとしても…あのときも多分、感じてはいたんだ、オレは幸せなんだと。誰が見ても正しくはない。それでもああするしかできなかったオレを、誰も見捨てなかった。それだけで十分じゃないか?」
「…亮」
 淡々と語られる言葉は、吹雪が知っているだけの事実にさえ見合わないほど端的で、だからこそ想像がつかないほどの激しさがそこにあったことを思わせる。
 こうして語れるようになるまでに、どれだけの感情を乗り切ってきたのだろう。
「お前はあのとき、それを伝えてくれようとしたんだろう?だから一度だけ、…言い訳したんだ。…笑うか?」
「…笑わないよ」
 人の夢の眩しさと正しさ、そしてその脆(もろ)さまでをも、自らの身をもって思い知らされることになった彼を、それでも理想(ゆめ)を追い続けるというところまで、血反吐を吐きながら這い上がってきた彼を、どうやって笑えというのだろう。
 誰にも言い訳をしなかったのは、自分のことは自分で責任を取るという覚悟故だ。罪も罰も、自分だけで背負うために。『闇に囚われてはいない』。彼は言い訳だと言ったけれど、それでもあの一言を聞いて安らいだのは、きっとこちらの方だった。
「ありがとう」
 そう言って、穏やかに微笑む彼が今ここにいること。それだけで胸が熱くなる。
 気づけば吹雪はその肩を、無言で抱きしめていた。
 亮も何も言わなかった。
 そのぬくもりに安堵したのか、吹雪がその身を離して、二人は顔を見合わせる。
 優しい微笑みで、吹雪はこう尋ねた。
「もうひとつだけ、聞いてもいいかな」
「ああ」
「…言い訳したのは、ボクにだけ?」
「…お前だけだ、吹雪」
 ふたつの微笑みが近づいていく。
 愛してる。
 囁く代わりに、ただその唇を重ねた。


081123
090114(修正転載)


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タイトルはangelaの「Shangri-La」から。
久々の吹亮は私のGX原点回帰みたいな話に。
基本告白は「好き」と「大好き」で済ませる私ですが、なんかここまで来たら使ってもいいかなという気分になったので多分GXだと初めて?「愛してる」入れてみた。
(※「Eternal Evolution」より先に書いてます)
亮は言い訳しないところがかっこいいのでこういう話書くの野暮かなぁとか思ったりもするのですが、カイザーは好きだけどヘルカイザーとかありえない的なレビューに遭遇して切なくなることがあったりして、そんなときに書きたくなります(笑)いやー、なんていうか、逆に「嫌い」ならまだいいんだよ。「ありえない」って、仮にも好きなキャラを理解できないって理由で切り捨てるのは…悲しくないかな…みたいな…。少なくともヘルカイザーは十分筋通ってると思うので。
亮十ぽい雰囲気も漂ってますが、亮十も好きですが、なんつーか私の中で亮と十代は恋愛とかいうレベルじゃなくなるですはい。切っても切れない絆で結ばれた先輩後輩みたいな(どんなだよ)


 
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