「ボクは藤原に抱かれたって、傷ついたりしないよ」

 あの頃ボクたちは幼すぎて、そう言ったボク自身も気づかなかった。
 その言葉が、甘すぎる幻想だったことに。


 傷の名前   吹雪編


 デュエルアカデミアに入学したとき、吹雪はある意味で一人だった。
 仲がいいと評判の家族と、初めて離れて暮らすことになった。
 友達はたくさんいたけれど、同じ学校に進む人はいなかった。
 いや、ひょっとしたら、彼らを友達と呼ぶことはできないのかもしれない。
 吹雪は人気者であることに夢中で、みんなは人気者に夢中だった。

 そんな吹雪にとって、藤原は初めてできた本当の友達だった。
 慕ってくれるからではなくただ笑ってほしいと、初めて素直に思うことができた。
 その初めてはあまりに嬉しくて大切すぎて、いつの間にか友達では足りなくなった。
「天上院、僕、天上院のことが好きなんだ」
 戸惑いながら伝えられた告白に、吹雪は驚いて、そして笑った。
「ボクも、藤原のことが好きだよ」

 * * *

 それがどういう意味だったのか、本当はよく分からない。
 だけどボクたちはキスをして、前よりもっと一緒にいるようになった。
 それよりももっと深い関係になるまでに、そんなに時間はかからなかった。

 * * *

「…ほんとにいいの?」
 気遣わしげに、藤原がそう尋ねる。
「うん。だってボク、藤原のこと傷つけたくないし」
 吹雪はつとめて明るく笑った。
「それは僕だって同じだよ」
 心外だとでも言うように、藤原が口を尖らせる。
「ありがとう。でも大丈夫」
 吹雪は微笑んだ。
「ボクは藤原に抱かれたって、傷ついたりしないよ」

 * * *

 いつだって藤原は不安そうだった。
 その不安を、ボクは取り去ってあげたかった。
 本当にいいのかと何度聞かれても、ボクはいつも大丈夫だと言って笑う。
 そんな風に怯えないで。大丈夫だから。ボクはキミのこと、嫌いになったりしないから。
 それだけを伝えたかったのに、どうしてかうまくいかない。
 日に日に藤原が沈んでいく。
 そんな顔をしないで。
 キミが気に病むことなんて何も無いんだ。
 だってボクは、キミに心から笑ってほしいだけだから…。

 * * *

 その夜の藤原は、笑っていた。
 歪みも不自然さも感じさせずに。
 だけどそれは、その日だけ見ればの話だ。
「…藤原…何か、あったのかい?」
「別に?」
「でも…」
 何もなければ、こんな風に突然変わるはずがない。
「なんにもないよ。大丈夫」
 それなのに、何も無いと言うのは何故?
「…どうしても心配なら―」
「…っ」
「―もう一度だけ、抱かせて」
 疑問さえうまく伝えられずに、別れの予感に身を委ねた。

 * * *

 どこで間違えたんだろう。 
 藤原が行ってしまう。
 願いを切り捨てた笑顔。
 そんなものが、見たかったわけじゃないのに。

 * * *

「お前を巻き込んですまない」

 * * *

 あの頃ボクたちは幼すぎて、自分の見ている世界しか分からなかった。
 大切な人が、自分とは違う世界を見ていることを知らなかった。
 ボクの目には藤原しか見えなくて、藤原の目にはボクしか見えなかった。
 だからボクたちはすれ違った。
 だからボクたちは闘った。
 勝敗が別れたのは、ボクより藤原のほうが、自分のことをよく知っていたからだ。
 欠けたものが自分にあること。
 だから藤原はずっと、それを埋めようともがいていた。
 自分の欠落を無視しようとした、ボクと違って。

 * * *

 明かりを落とした室内に、声が響く。
「…“あのとき救ってやれなかった”って、お前言ったよな」
「うん」
「あの頃俺、お前が俺のせいで無理するのやめさせたいばっかりで、そこまで頭回らなかったけど…無理してたのは、俺も同じだった…のかな」
「…きっと、そうなんじゃないかな。キミの願いはなんでも叶えてあげたくて、確かにボクは無理をしていたんだと、今は思うけど…そうでもしないと壊れるのは藤原のほうだって、ボクも必死だったんだ。キミに人を、絆を、信じてほしかった。…だから、ボクじゃ守りきれなかったって思って…」
 そこから先を、吹雪は言わなかった。
 後悔を言葉にしてしまえば、また藤原が謝ろうとするだろうから。
 それが分かったから、藤原も謝りはしなかった。
「…ありがとう、吹雪」
「…ううん」
 柔らかく微笑んだ吹雪を、藤原はそっと抱きしめた。
「…藤原?」
「俺は今でも、吹雪のことが好きだよ。…これだけ傷つけてもまだ、足りないんだ」
 静かな告白。
 そっと瞳を閉じて、吹雪は自分を抱きしめる藤原を受け止めるように、その背中に腕を回した。
「キミの名前の傷なら、いくらついたって構わないよ。…愛してる、藤原…優介」
 それがその傷の本当の名前。
 名前のついた傷はもう傷ではなく、二人を結ぶ絆だった。

 090103

+++ 藤原編 +++

藤原編のミラーサイド。


向こう見ると藤原受でもいけそうなんですが、こっち見ると吹雪受だなぁと思うくらいの話になってれば本望です(…)
そう言えば一人称が吹雪はカタカナで藤原が漢字なのは、単に同じ文中でボクとボクだと混乱するから…でもこの二人は混乱が鍵かもしれないと思わないでもないが。自分と相手の境目が分からないくらいの自我レベルでつきあってると思う。いや、恋人とかそういう意味だけじゃなくて。

 
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