中学の頃同室だった藤原は時々、夜中にひとりで泣くことがあった。
 どうしたのかと聞いても、彼は答えることはできなかった。
 自分でも分からないのか、それとも言えないだけなのか。
 多分後者だろうと、吹雪は思っていた。
 藤原は過去を語らない。
 語りたくないのか語れないのか―それも含めて全部、吹雪には想像するしかできなかった。


 ロスト・ティアーズ


「セックスしようよ」
 唐突だった。
「どっちがどっちでもいいからさ」
 唐突に、藤原がそう言った。
 いつも通りの会話の中で、いつも通りの口調で。
 それこそ、デュエルしようと言うくらいの気軽さでもって。
「…どうして」
 からからに乾いた喉から、かろうじて声を絞り出す。
「なんだっていいじゃないか。別に今つきあってる子いないんだろ?」
「…そうだけど」
 目の前の藤原の明るさは、いっそ不気味なまでに現実感が無い。
 嫌な汗が、頬を伝う。
 頭の中でアラートが鳴り響く。
 今ここに、何かの危機が存在している。
(…だけどそれで、言えることが変わるわけじゃない…)
「…藤原」
「何?」
 意を決して、吹雪は口を開いた。
「ボクがキミのこと、…好きだって言ったらどうする気なんだ」
「……え?」
 藤原の笑顔が凍りつく。
「…こんな風に切り返されること、考えてないだろう、キミ」
「………」
 搾り出すように吹雪が問いかける間に、藤原の顔から笑みが消えていく。
 残ったのは、唇を引き結んだ無表情。
「…セックスで、何が変わると思ってる?」
「…別に、」
 何も。
 そう零した藤原の視線が彷徨うのを、吹雪は見逃さない。
「それなら何故、そんなこと言い出すんだ」
「…したいからじゃ、理由にならないのかよ」
 吐き捨てるように、藤原が言った。
「同じこと、ボクの目を見て言ってみろ!」
 藤原の胸ぐらを掴んで、吹雪がそう叫んだ。
「…っ離せ!」
 力づくて引き剥がされる。
 睨みあったままで、数秒が流れる。
「…それくらい、人を近づける気が無いくせに、セックスなんかしても意味無いよ」
「なんだよ…はっきり言えばいいだろ!?お前なんかとじゃできないってさ!!」
「どこをどう聞いたらそうなるんだ!」
 怒鳴るが早いか、吹雪は藤原を引き倒した。
 仰向けになった藤原を、全身で押さえ込む。
「…何を…っ」
 藤原が抵抗しても、体勢で有利な分、今度は吹雪はびくともしない。
「抱きたいなら抱けばいい。セックスしたいって言い張るなら、キミが泣いても喚いても抱いてあげるよ。だけどそれだけだ。何も変わらない。ボクにもキミにも、手に入るものなんかひとつもない!!」
「……っお前…」
 藤原が目を瞠(みは)る。
 吹雪の瞳から、涙が零れていた。
「…涙の理由も言えないくせに、何故そんな無茶をしようとするんだ。何がキミを、そこまで追い詰めてるんだ…」
「…なんで、お前が泣くんだよ」
「…寂しい、からだよ…!」
「……っ」
 藤原の胸の上で、吹雪が泣いていた。
 もうその体に、藤原を押さえ込む意志は無い。
 それでも藤原は、吹雪を払いのけることができなかった。
「……すまない…」
 ぽつりと、謝罪の言葉が口をつく。
「…すまない、吹雪…」
「藤原…?」
 顔を上げた吹雪の頬を、藤原の両手が包む。
 どちらからともなく、口づけを交わした。
(…吹雪の涙の味がする)
 抱きしめた体の温かさを、初めて実感した。

 * * *

 すまない天上院。
 もう、遅いんだ。
 何かがボクを蝕んでいく。
 もう既に、失われたものがあるんだ。
 ボクの涙。涙の理由。
 せっかくお前が教えてくれたのに、ボクはもう泣けない。
 もうボクの半分は、向こう側にあるから。

 そうでもしないと言えなかった、ボクの弱さをどうか許して。

 * * *

「…オレはお前が好きだよ、吹雪」
 泣き疲れ眠る吹雪を置いて、藤原は一人、向こう側へと旅立って行った。


 090126


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『グッドナイト・スイートハーツ』ができた経緯:これ書こうとしたらアバン部分だけで話が終わった。
このネタは吹藤だなぁと思いながら書き始めたのに、オチがものの見事に藤吹でした。(自分的に)
自分筋金入りだと思った。
159話は藤吹だと信じてる。
藤原の部屋に泊まるのアリなら最初から押しかけろという突っ込みはナシです(…)

 
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