ただいま修行中! 前編
 
 藤原がいっそ懐かしいくらいに感じるアカデミアに再び受け入れてもらってから、早くも数ヶ月が過ぎようとしていた。
 他愛ない日常というやつに意外とあっさり戻れたことに不思議さを感じて、何故だろうと考ると目の前の少女もその一因なのだろうとなんとなく思った。
「…って、聞いてる?」
「ああ、うん」
 宙に浮いていた意識を引き戻しながら答えると、焦点を合わせた先でその目が驚いていた。
「えっ…」
「…え?」
 その理由が分からずに聞き返した後で、理由が分かった。
 いつの間にか、自分の目から涙がこぼれていた。
「…あれ?」
「ちょっ…どうしたの!?」
「いや…その、大丈夫だから、気にしないで」
 慌てて涙を拭いながら、藤原は答える。
「でも…」
 気遣う瞳がいたたまれなくて、なかなか止まってくれない涙に焦りが募る。
「な、何かあるなら…」
「…大丈夫だから!気にするなって言ってるだろ」
 言ってしまってから、ハッとした。
 今のはぶっきらぼうすぎた。
 目の前の顔がみるみる赤く染まる。
「いや、ちが―」
「優介先輩のバカっ!もう知らない!」
 弁解の余地無く一発で機嫌を損ねたレイが走り去っていくのを、藤原は途方に暮れて見つめるしかなかった。
「…悪かったって、一言聞いてからでも遅くないだろ…」
「そうだねぇ」
「ぅわっ!?」
 げっそりと呟いた瞬間に背後からひょいっと顔をのぞかせた吹雪に、心臓が止まるかと思った。
「なんでお前がここにいるんだよ!?」
「あれ、言ってなかったっけ?進路指導を頼まれてね」
「人選間違ってないか?」
「交友が広いって素晴らしいよね!」
 無意味なポーズは迷わずスルーで藤原は答えた。
「よく分かった」
 つまり、あちこちに散っている卒業生を十人呼ぶより、彼らと幅広い交流のある吹雪一人を呼ぶほうが効率がいいということらしい。
「それにしても…」
「…なんだよ」
 にやにやともったいぶってこちらを見やる吹雪が何を言いたいのか、悲しいことに分かっていながら先制できない。
「いや〜、聞きたいことは色々あるんだけど…」
「聞くな黙れ帰れ」
「…ぶっ!」
 ほとんど反射のその言葉が逆にとどめになってしまったらしく、そこから目の前で爆笑された。
「〜っ笑うな!!」
「無理だって!」
 抱腹絶倒とはこのことか。
 涙目になりながら笑う吹雪の前で、藤原は腹が立つやら恥ずかしいやらで真っ赤になるくらいしかできない。
「あーおかしい、で、レイちゃんと何があったの?」
「知らずにそこまで笑えるのか!?」
「うん。事情聞かなくても面白いところはばっちり聞こえた自信があるからね!」
「〜〜〜っ」
 おちょくられているようで面白くないのだが、いつまでも意地は張り続けられない。
 吹雪の中に本気で面白がっている以外の部分があることが、分かる自分が憎らしい。
 肩の力を抜いて、ぽつりと言った。
「…ちょっと、涙腺壊れてるだけだよ」
「つまり泣いちゃったんだ。それはレイちゃんも心配するしバツ悪くって邪険にしたりするかもねぇ」
「お前ほんとに何も見てなかったのか?」
「見てなかったよ」
 けろりと言ってのける吹雪の推理力にはたまに呆れる。
 この手の話題に関しては、彼の頭は異常に回転が速い。この手の―と言っても、別に男女がどうのという意味ではなくて、人と人の心の話だ。
「…で、泣いちゃった理由には心当たりがあるのかな?」
 からかうような口調とは裏腹に、瞳が語る内実が温かすぎて憎めない。
「…あるよ」
「じゃあ早く追いかけてあげなよ」
 内容まで吐かされるかと思ったのだが、吹雪はあっさりとそう言って見せた。
 しかし文脈が飛びすぎではないだろうか。
「オレはお前と会話が成立してる気がしないよ」
「言葉にしなくても通じ合う!美しい友情じゃないか」
「お前がそれ言うのはどうかと思うけどな」
 お互い言葉さえ足りていればダークネスの一件は回避できたのではないかと、冷や汗ではすまない結論に至った会話は記憶に新しい。
「だって、今キミが言葉を使わなきゃいけない相手はボクじゃないだろう?」
「…そうだな」
 要するに吹雪が言いたいのは、ぐずぐずするなということなのだろう。
 実際尻込みしていた自分がいたのも確かで、その言葉に心を決める。
「悪い、またな」
「いやいや、がんばってね〜!」
「だからそういう言い方をやめろ!」
 きっちり釘を刺していった藤原を見送って、吹雪は満足げに笑った。
「元気そうで何よりだよ」

 後編→

友情モードの吹雪の態度が恋愛モードと180°違ってて笑える。

 
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