「…これが、この世界の結末だよ。この世界には、「ダークネス」はいない。ボクが本体だからね」 吹雪の言葉に、藤原は閉ざしていた口を開く。 「十代が倒した「ダークネス」は…オレが生み出した、幻影なのか」 やれやれとでも言いたげな顔で、吹雪は答える。 「そうじゃないって、キミならもう分かってると思うけどね」 「…同じだろう。あれの正体が何だったとしても、オレがいなかったら、あんなのは生まれなかったんだ」 「同じだって意見はわからないでもないけど…」 「ダークネス」の正体―心の闇の集合体。要するに十代が闘っていたのは、全世界の人間の心の闇そのものなのだ。 確かに、拠り代(よりしろ)となる仮面を生み出したのは藤原だ。それがなければ、あんな化け物は生まれはしない―けれど。 「キミがいなかったら生まれなかった、は正しくない。もう見せただろう?キミがいなくたって、ボクがダークネスを生み出すのさ」 吹雪が言っていることは、頭では分かる。けれど感情はついていかない。 混乱を整理しきれずに、藤原は叫ぶ。 「なんだって、お前はこんなものをオレに見せたんだ!」 「キミが一人で泣いているから」 「…っ」 間髪入れず、さらりと告げられた吹雪の言葉に、藤原は息を呑んだ。 そのあまりの効果に、吹雪は苦笑して言った。 「…っていうのは、ちょっとキザすぎるかな」 いたって普通の調子で話し続ける吹雪に、藤原は呆然とするしかない。 「ただどうしても、分かってほしかったんだ。大げさでもなんでもなく、キミの罪はボクの罪だ。そして本当は、世界中の人の。心の闇のもうひとつの呼び名は「原罪」だよ。…意味は、分かるだろう?」 原罪。人が生まれながらに背負っている罪。生きる限り背負い続けなければならない罪。 「優介って名前は伊達じゃないよね。キミは優しすぎるから、その罪に耐え切れなかった。だけどそうして罪を「ダークネス」として切り離した事で、贖(あがな)う手段も失ってしまった。だから後悔だけが残る…世界中の人の贖罪を、一人で引き受けようとする。そんなの、寂しいじゃないか」 藤原の肩が、震えていた。 「…だけど、じゃあ、どうしろって言うんだ」 「罪ごと消滅したいと思うのはキミの自由だ。ボクには止める権利は無いよ。ボクが忘れてほしくないのは一つだけ…もう、聞いてるだろう?キミはボクの大切な絆の一人。キミがいなかったら、ボクはボクじゃない。今の世界と元の世界、今見た「吹雪」とボクを違わせているのは、キミだけなんだ」 零れ始めた涙を隠すように俯いて、それを拭い続ける藤原を、吹雪は抱き寄せる。 「世界中の人がキミを責めても、ボクはキミの味方でいるよ。例えキミがキミを責めたとしても、ボクは絶対にキミを責めない。だからもう、一人で苦しまないでくれ」 泣き続ける藤原に向かって、吹雪は悪戯っぽい目を向ける。 「…それとも、全部放り出して一緒に消えてみるかい?」 ぱちくりと、藤原の目がしばたく。 「っ何言ってるんだよ!?」 あまりと言えばあまりの発言に、涙が散った後にはもう溢れて来ないようだった。 「ダークネスの力を使えば、それくらいのことはできるよ?元の世界を、ボクもキミもいない世界と置き換えることぐらいはね」 「だけど、そんなことしても…!」 その発言に、にやりと吹雪は笑った。 「そう、そんなことしても何も変わらない。ボクら以外の誰かが、ダークネスを呼び出すだろうね。実はそれを倒すのは基本的には全部十代くんだったりするから、いやはや彼も業が深いねぇ。悩むのも当然だよ」 自分がいれば騒ぎの原因にしかならないからと、アカデミアを去ろうとした十代。それはあながち、間違った悩みでもないのだ。 「でもやっぱり、彼がいなくても誰かがダークネスを退けるのさ。ダークネスは世界の真実。退けられるところまで含めてね。だったら、呼び出すほうの罪をボクらが背負ったって、別にいいと思わないかい?」 他の誰かに、その罪をかぶせるくらいなら。 そんなところまで考えていたのかと、藤原はもう驚くを通り越して呆れてしまいそうになる。 その表情を見て、吹雪はこう言った。 「…ちなみにボク、そこまで大層なこと考えてないからね?」 「…なんだって?」 内心を読んだかのように釘を刺す吹雪に、藤原は聞き返す。 「ボクはただ、キミに笑って欲しいだけなんだよ」 衒(てら)いなく微笑む吹雪に、もう藤原が言える言葉など何一つない。 そんな様子を確認して、吹雪は言った。 「さて。キミに選択肢を三つあげよう。一、元の世界をキミのいない世界に置き換える。二、キミもボクもいない世界に置き換える。三、このまま元の世界に戻る。どれがいい?」 お好きにどうぞ、と、吹雪は柔らかく笑う。 ここまでお膳立てされて、迷えるわけがない。 決意を込めて、藤原は答えを口にした。 「…決まりだね。じゃ、行くよ。速攻魔法発動、サイクロン!ダークネスの仮面を破壊する!」 |