小さい頃から仲は良かった。
 吹雪がいつからあんな破天荒な振る舞いを日常化したのかは覚えていないが、多分その前後だった、自分が吹雪のことをどう思っているのか、うまく掴みきれなくなったのは。
 いつだって優しい兄に、甘えていた自覚くらいはある。いや、自覚させられた、吹雪の絶対的な不在の間に。
 そのとき生まれた空白はあまりに大きすぎて、帰ってきた吹雪を前にしても、純粋な安堵の反対側で、明日香は同時に、途方に暮れてもいたのだった。

 
 You're My Princess!
     キミに捧げるフェアリー・テイル

 
 
 ある夜のこと。
 こんこんっとドアをノックする音に、吹雪がドアを開けると、そこには不安顔の明日香がいた。
 女子寮とは違い、基本的に自由放任状態の男子寮ではあるが、女子が入ってくれば当然目立つ。明日香が吹雪の妹だということを知らない人間もほとんどいないだろうが、それでも多分、この時間にここに立つにはかなりの思い切りが要っただろう。
 などということを頭で考えたわけでもないのだが、吹雪は優しく笑って招き入れた。
「レディがこんな時間に訪ねてくるなんて、どうしたんだい?」
 その言葉に、明日香の瞳が揺れる。
 答えられずに、何も言わないまま、吹雪の胸へと体を預けた。
「――……いて…」
「…え?」
 掠れた囁きが聞き取れずに、吹雪は聞き返す。
「…明日香?」
 様子のおかしい明日香を刺激するわけにもいかず、吹雪はただひたすら待った。
 静まり返った室内で、明日香へと耳を澄ませる。
 次に聞こえたのは、震えを押し隠すような囁きだった。
「…私、吹雪兄さんのことが好きなの」
「…っ」
 時と場合によってはただ「嬉しいよ」と返せたその言葉も、今の状況ではそうするわけにはいかない。
 冗談で言っているわけではないことぐらい、吹雪には分かる。
 そしてそれが、冗談ではないから困る類(たぐい)の感情なのだということも。
 けれど―
「…ボクは本当に、明日香に心配をかけてしまったんだね」
「…え…?」
 顔をあげた明日香の瞳は潤んでいた。
 こんなにも思いつめてしまうほどに、自分は彼女を放っておいたのだ。
「ボクも、明日香のことが大好きだよ」
 いつもと変わらない言葉を紡ぐ吹雪に、明日香は言い募る。
「違うの兄さん、私は―」
 私は…。
 けれど明日香は、それ以上言葉を続けられなかった。
 吹雪の微笑みが、ただ、優しかったから。
 その手のひらが、明日香の頭を撫でた。
「…心配しなくても、ボクはもうどこにも行かないよ。だからもう、そんな顔しなくていいんだ」 
 それは、明日香が望んだ答えではないはずだった。
 けれどその言葉に、明日香は確かに、心が落ち着いていくのを感じていた。
「兄さん…」
「今日は泊まっていくかい?二年分の埋め合わせには程遠いかもしれないけどね。たまには兄妹水入らずもいいだろう?」
 どこかおどけたいつもの調子で、吹雪はそう言った。
 そんな吹雪に、明日香はまだ心もとなげな表情で尋ねる。
「本当に…ずっと一緒に居てくれる?」
 吹雪は即座にこう答えた。
「当たり前じゃないか」
 包み込むようなおおらかさで、吹雪は明日香を受け止める。
「明日香はいつだって、ボクのお姫様なんだからね」
 そう言って笑う吹雪に、明日香は抱きついた。
「…ありがとう、兄さん」
 そんな明日香を、吹雪はためらうことなく抱きしめる。
「もう寂しい思いはさせないから、安心しておやすみ」
 求めた答えとは違うはずのその言葉は、それでも求めた以上に、明日香に安らぎをくれたのだった。

 * * *

「…っていうことがあったんだよ」
 木漏れ日の差し込むテラスで、吹雪が言った。
 明日香が知ったら憤死ものだろうが、聞き手のほうも至って普通の調子でその話に耳を傾けていた。
「ノロケか?」
 亮の普段を知らない人間から見れば突っ込みどころ満載のコメントだったが、吹雪は嬉しそうに肯定する。
「まあね!」
「それにしても…いいのか?ずっと一緒にいるなんて言って」
 普通それは、それこそおとぎ話の中のセリフだ。
 けれど吹雪はあっさりと答える。
「え?ああ、大丈夫だよ。別に嘘のつもりもないし…どちらにしろ、置いていかれるのはこっちなんだからさ」
「…どういう意味だ?」
「分からないかなぁ?」
 言って吹雪は、誰にともなくやれやれといった風情で語る。
「いつか明日香にだってボクより好きな人ができて、ボクを置いて羽ばたいていっちゃうのさ。泣かされるのはこっちだよもう」
「…ああ、そういうことか」
「そーいうこと」
 得心がいったと相槌を打つ亮の言葉を、吹雪は復唱した。
 悪戯の共犯者のような顔で、亮が笑う。
「つまり、明日香がお姫様ならお前は―」
 太陽のような笑顔で、吹雪もまた笑った。
「―もちろん、王様だよ!」


 ボクのかわいいお姫様マイ・リトル・プリンセス
 儚い恋は夢でおしまい
 夢のかけらを地図にして
 輝く恋をいつか掴んで

 090302

 
…まさかのキング違い…(笑)
また微妙な話を書いたと思いつつ、この面子ならこれくらい許される気もするからGXって怖い(笑)
双璧はもう保護者コンビにしか見えない。お父さん×2だよあれは(笑)弟妹改め息子に娘(笑)
ラストになんとなくポエムったら、無意識の内に見事に七・五調になってて、世の和歌教育はあなどれないと思いました。

 
BACK