「…悪趣味な奴だな」
 二度目にその顔を見た時、開口一番投げつけた感想は、日を追うごとに確信が深まるばかりだった。

 インターミッション 〜穏やかな憂鬱〜

「…だるい…」
 ブルー寮ほど待遇のよくないベッドにうつぶせで寝転ぶ亮の声には、本気で疲れた色がにじみまくっていた。
 今日は一日ごろごろしていようと決意したのも束の間、玄関のチャイムが鳴るのが聞こえた。
 即効で無視決定。
 待つこと数秒。
 明らかにドアの開く音がして、亮はさらにものすごくげんなりした。
「…この部屋のセキュリティはどうなってるんだ」
「文句はオマエのプロモーターに言うんだな」
「そうしておく…」
 まったく振り向かずに会話を続ける亮を見て、犬飼はあっさりと言い放った。
「セクハラなお仕置きでもされたか?」
「言うな。というか何故分かる」
「イマイチだったからな、昨日のデュエル」
「…見ていたのか?」
「ああ」
「なんで」
「オマエで小遣い稼ぎしようと思ってな」
「…オマエも賭けられる側じゃなかったのか?」
「あのルール無用の世界で、賭けられる側だから不正防止に賭け禁止なんてルールあると思うか?盛り上がりに欠けるから自分の試合で相手に賭けるのはナシだが」
「そういうところは厳しいものかと」
「世間知らずは損だな」
「…うるさい」
 それはここ最近で散々思い知っている。ついでに言えば、意外と自分知らずだったのだということも。
 だからと言って、それを引け目に感じているわけでもないのだが。
 つらつらと考えていると、不意に肩を掴んで仰向けにされた。
「…何だ」
 にやりと犬飼が笑う。
「分かってるだろう?金は払ってるんでね」
 その言葉に、亮はうんざりとため息をついた。
「…容赦ないな、あいつは」
「賭けで儲からないんじゃないか、オマエが勝ちすぎてレートが下がりまくってるからな」
 地下デュエルでの亮の戦績は全勝だ。お陰で、既に亮のデュエルで相手に賭ける人間は滅多にいない。その代わりに、観戦料はつり上がっているし、観客数も増えてはいるのだが。
「…どうしようもないだろう、それは」
 どちらにしろ、負ければ全部持っていかれるのだ。勝つ以外に道は無い。
「ま、そうだな」
 言いながら遠慮なく服を脱がしていく手に、逆らうようなことは亮はしない。猿山に正式にプロモーションを依頼したあの時に、覚悟は全て決めた。
「…同情したのか?」
「………」
 昨日の不調の理由を聞いたのだということはすぐに分かった。
 相手はプロリーグの落伍者だった。半ば騙されるようにして地下デュエルに参加する人間の中には、そういう連中は腐るほどいる―自分も含めて。
「…別に」
 亮は短くそう答えた。
 一般的に「同情」に当たるような相手なら、多分自分は全力で叩き潰す。
「弱すぎて拍子抜けしただけだ」
「なるほど」
 クッと、喉の奥で犬飼が笑った。
 相手が強いほど、強くなれる。そういう感覚を、この地下で初めて実感した。
(多分今までもそうだった。…それでも、分かってなかったんだ)
 時々分からなくなる。今の自分は以前と違うのか―それとも、実は何も変わらないのか。
「…今日は料金分になるかどうか分からんぞ…」
「無理矢理にでももらうから安心しろ」
「…そうだったな…っ」
 考えるだけ無駄なのかもしれない。
 行ける道が一つしかないなら、それを突き進むだけだ。
 ―そうと分かっているはずなのに、それでも時々、どうしても考えてしまうのは―
「適当にしてろ。好きなだけ啼かせてやるよ」
「ハッ…それは、どうも…っ」
 その微妙な言葉遣いに苛立ちながら悪態をつく。
 多分、犬飼は気づいているのだろう。
 亮が今でも、大切なものを本当には捨てていないことを。
(…デュエル以外無いんだ、結局)
 それがあの時、犬飼とのデュエルで亮が掴んだ真実の正体だった。
 負けたくないのは―あれ以上負けていたら、デュエル自体ができなくなっていたから。
 頭では全く分かっていなかったけれど、結局こうまでして自分は、デュエルにしがみつきたいのだ。
(それならもう、勝つしかないだろう?)
 たったひとつ失えないものを手がかりに、亮は一人、暗闇の中を突き進んでいた。

090316

架霜的BL理論最たるもの。このテのBLはなかなか見かけませんが、私は大好きです(笑)
亮は潔癖すぎます。潔い癖と書いて潔癖です。なので、デュエルのためなら潔癖な彼は潔く体も売ります(爆)でもデュエルにだけは潔くなれない(笑)
なんで犬亮はメジャーじゃないんだろう、と思ったりしますが、まぁ一話限りのゲストキャラじゃ当たり前ですよね(笑)…いや、むしろ犬飼のビジュアルのせいか(爆)

 
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