CYBER END


 猪爪を翔が退け、亮が翔と共に新たなプロリーグを作ることを決意した、その夜のこと。

 * * *

 闇とも光ともつかない不思議な空間で、亮は瞳を開けた。
 なんとはなしに視線をめぐらせ、見つけた顔に、一瞬気の抜けた声を出した。
「…オレ?」
 目の前にいたのは、鏡から出てきたかのようなもう一人の自分。
 ただし着ているのは、懐かしい白と青を基調とした制服。
 自分を振り返って見れば、もう着慣れた漆黒の衣装だ。
 しかし―
「…では、ないな」
 蒼く光る瞳に、亮は呟いた。
「ああ」
「………」
 敵意の無いその声で、大体の事情は分かった。
「聞きたいことがあるんじゃないのか?」
 あくまで深い声音は、自分が知っている以上のことを知っている。
 自分以上の自分に向き合う感覚―リスペクトデュエルの極意。
 率直に、問いで答えた。
「やはりオレは、あの世界で本当に死んだんだな?」
「その通りだ」
 完全に死を覚悟したのに生き残ったことと、後付けのような心臓病の原因に、違和感を覚えていた。
 だからそれは、欲しかった肯定だった。
 何かがどこかで、ねじれた。でなければ、自分が生き残れるはずがない。
「お前の弟に感謝することだな。十代を兄と呼んで、彼の運命にお前の運命を重ねることで、お前の死の運命を幻に変えた。私が力を最大限発揮できたのは、彼らのお陰だ」
「…仮想現実の終わりサイバー・エンド
「お前の魂は、決闘デュエルと一体化しすぎている。お前がその本質を百パーセント解放リリースして進化エヴォリューションするためには―完全に大人になるためには、どうしても本当に死ぬ必要があった」
 命を懸けた決闘。「生死を分ける闘いデュエル」こそが、亮の本質だった。
 淡々と言葉を聴く亮に、サイバー・エンドは微笑みかける。
「だが、大人になるために死ななければならないなどと、そんな馬鹿な話はないだろう?人は誰しも、子どもから大人になるために、魂の生まれ変わりを経験する。お前はそれが肉体と連動していたんだ。だが、精霊と人間の架け橋としての運命を持つ十代とヨハンに引かれ、お前は異世界へと飛んだ。あれはすべてが実現するというよりは、魂だけが現実になる世界だ。魂と肉体を切り離した世界で死ぬことで、魂だけを生まれ変わらせることができた」
「…それであの還り方か」
 ほとんどの者はまとめて帰ってきたのに、自分だけ別だった理由も腑に落ちた。
「母なる海は伊達ではないな」
 聞いているこちらにしてみれば、ほとんど冗談のような話だが。
「だからこそ、お前の心臓病の原因は、翔によって幻想―サイバー・ダークに書き換えられた。表裏一体の、私の半身に」
 それを聞いて、気になっていたことを亮は尋ねた。
「翔は、サイバー・ダークを持っていても大丈夫なのか?」
「それは心配ない。お前より翔のほうが、サイバー・ダークには向いているよ」
「………?」
「彼の本質は「憧れ」。他者の強さと正しさを見極め、それを糧に成長することだ。相手の心となって自分を見るRE・SPECT、正式な門弟は、この表の極意に囚われすぎる。お前はもう知っているだろう?自分が相手を見る尊敬することを忘れるんだ、それでいつか限界が来る。その限界を超えるためのデッキが裏デッキだ。そのためには、一度完全な孤独に立つことになるが―確かに、それ以外に限界を突破する方法は無い。お前の判断は正しいよ」
「…師範も、それは知らなかったのか?」
「ああ、鮫島さえ知らなかった。というより、サイバー流そのものが、その闇の使い方を知らなかった。サイバー流もまた、RE・SPECTリスペクトに囚われたから衰退したんだ。それはまた、危険すぎる闇に手を出すだけの力が、まだサイバー流に備わっていなかったせいでもある。サイバー流が受け継がれる中で蓄積されてきた力が、お前に結晶したんだ。お前から裏デッキを託された翔も含めて、お前達は誰より正当な後継者だな」
「…随分と壮大な話だな」
 プロリーグを作ることを決心し切れなかったのは、それを感じていたからではあるのだが。改めて、自分を取り巻くものの大きさに驚かされる。
「この壮大さは、人の奇跡の賜物だよ。絆で結ばれた人間が、世代を超えて歴史を紡ぐ。時には運命さえも変える。絆こそが、人間の奇跡の源だ。お前はもう、その絆に連なって自分を活かす方法を知っている。胸を張るといい」
「…絆、か…」
 その言葉で、一番に思い出す人物がいた。
「気になるか?」
「…ああ」
「翔と同じく、お前とは異質な力を持つ者。翔とは違い、血の絆すら存在しなかった者。その異質さ故に、お前に一番最初に絆の結び方を教えた者―ある意味では、お前に最も遠い相手。天上院吹雪、本質は「絆」そのもの。彼はその本質故に、今まさに困難を迎えようとしている。その絆に引かれて、お前も知っている人間が還ってくる。囚われた闇を引き連れて」
 気にはなっていたが、まさかそんな予言めいたセリフを聞くことになるとは思わなかった。
 ここまでなんでもありでいいのだろうか。
「助けてやるといい。その絆に与えられた、新たな命で。改めて長いつきあいになりそうだな、丸藤亮」
「…ああ、よろしく頼む。サイバー・エンド・ドラゴン」
「了解した」


 090517
 090518(微修正)

 
うざいぐらいルビ使うしかなかった理由の用語補足:
サイバー(CYBER):コンピュータの情報空間、仮想現実。
リスペクト(RE・SPECT):「リスペクト」の元の英語「respect:尊敬する」を語源解釈すると、「re・spect」で「再び・見る」。83話の「相手の心となって自分を見る」(鮫島師範)は、おそらくここから来ているのではないかと。文中大文字なのは見やすくするためで、特に意味はないです。
リリース(RELEASE):解放する。OCGマスタールールでの生贄。
エヴォリューション(EVOLUTION):進化。実は「アドバンス(ADVANCE):進歩する」を入れたかった。OCGマスタールールでの生贄召還。マスタールールから用語を引っ張ってきたのは、亮が生き残った理屈がこれだとしたら、5D'sのダークシグナーがモーメントで復活しそうだなぁと思ったから(笑)この辺は読み仮名じゃなく漢字で読んでもらえると幸いです(…)ルビは必ずしも読み仮名じゃないという罠(爆)

カイザーとヘルカイザーが夢でご対面ダイニダァ!
今回カイザーはサイバー・エンドさんにお願いいたしました。まさかの擬人化。
考えに考えた結果、こういうからくりなのではないかと推測。
GXはしれっとものすごい綿密にシナリオが書いてあるので、謎の追求に燃えます。
私の脳内では、きっちりダークネス編に亮のデュエルも刻まれています(笑)
ちなみにGX世界での「大人になる」は、多分リアルに「悟りを開く」ぐらいの勢いです多分。

 
BACK