あにとも

 猪爪誠とのデュエル中に倒れた後、緊急手術を無事終えた亮の病室に、翔と入れ替わるように、今度は十代がひょっこりと顔を出した。
「…翔がすごい顔で走ってったけど、何があったんだ?」
 言いながら、ベッド脇の椅子に腰掛ける。
「オレが怒らせた。ああなったら誰にも止められん」
「何言ったんだ?」
 その問いに、亮は珍しく言いよどんでから、簡潔にこう言った。
「…闘いを求め続けるデッキに、借りがあるから闘った。オレには、これ以上求めるデュエルは無い」
「…なるほどな」
 訳知り顔で十代が頷く。
「馬鹿げてる、そう言われた。…オレには、よく分からない」
 どこか戸惑うように、亮はそう言った。
 そのあやふやな感情は、亮が何度壁にぶつかろうと、決して経験したことがない類(たぐい)のものだった。
 その戸惑いに応えるように、十代は淡々と語りだす。
「…あんたが一人でデュエルしに行ったとき、翔があんたを探しててさ。オレは、それがあんたの望みなら、止められないだろ、って言ったんだ。そしたらあいつ、すごい剣幕で『兄さんの命には代えられない』って。…兄弟って、いいもんだな」
「…十代?」
 十代からこぼれたのは、どこか寂しげな微笑みだった。
 さっぱりとした言葉とは裏腹に、落ちている十代の視線。
「オレには、あれは言えない。オレは多分、あんたが決めて、あんたがすることを…見ているしかできないと思う。だけど、翔は違うんだって、そう思った」
 今は翔の気持ちのほうが分かる、そう取れる言葉だった。
 けれど、それを紡ぐ声に滲むのは、翔への―兄弟という絆への、かすかな羨望。
 十代にとって、亮はあまりに近くて遠い。分かりすぎるほど分かるのに、だからこそ何も言えなくなる。
 そんな十代に、亮は優しく言った。
「異世界で翔がしていたことだって同じだろう。それはお前にとって、何の意味も無いことだったか?」
「…カイザー」
 否定の代わりに、十代は憧れと尊敬の響きを持つその呼び名で答えた。
 ただ見ているだけ。それでもそれは、最後のラインで「見捨てない」ということだった。暗闇の中で答えを探す十代に、翔の視線はずっと、「独りじゃない」というメッセージを送り続けていた。
「翔にそれを教えたのは、お前だと思っていたんだが」
「…そうだと、思う」
 大切な人のために、何もできないときどうするか。翔にそう聞かれて、「何かせずにはいられないから、嫌がられてもずっと見てる」と、そう答えたのは間違いなく十代だ。
 三人にとって、「見守る」ということは、確かに「絆のためにできること」だった。
「それなら、そんな風に言わなくていい」
 柔らかな微笑みは、翔も十代も見守る瞳。それは、翔と十代の亮への思いを、受け入れるという亮の応えでもあった。
 だから十代は、ほっとしたように笑った。
 絆に開かれたかすかな傷が、絆に触れて浄化されていく。
「あの状態の翔は、多分いくらでも無茶をするだろう。様子を見てやってくれないか?」
「そのつもりだから安心しろよ。…だけどそういうとこ、あんたにそっくりだよな、あいつ」
 面白がるように言われたその言葉に、一瞬きょとんとしてから、亮は微笑んで言った。
「そんな風に言われたのは、初めてだな」



147・148話で「救う人:亮」「救われる人:十代」「見守る人:翔」とすると、
163・164話は「救う人:翔」「救われる人:亮」「見守る人:十代」
っていうポジションチェンジと取れるなぁと思った。
助言を受けるのは常に翔ってところが面白いですが(笑)
この三人の関係は、なんというか、愛と夢がいっぱいです(笑)
090629(chips初出)/090715(最終修正・転載)

 
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