Escape



「…逃げてもいいんだぞ?」
 色のない声が告げた。
 それを優しいと受け入れるか憐れみと撥ねつけるかは、自分次第なのだろう。実際のところ、甘い誘惑に聞こえるけれど。
「今さら何を言う。オレはもう逃げた。それに何の意味もないと知ったから、ここに帰ってきたんだ」
「だがそれなら、命を削ることに意味はあるのか?」
「さぁな。意味は無いかもしれん。それでも逃げるよりは、何かが掴める気がするから…」
「…純粋な勝利、か」
「初代師範が自らサイバー流へと課した限界リミッター…裏デッキの使用禁止。それは、サイバー流の全力を封じていた」
「荒れ狂う力に呑まれる危険リスクを、良しとしなかったからだ」
「分かっている。だが…オレは、決闘者デュエリストだ。強くなれる方法があるなら、その可能性を試さずにはいられない。全力を出してみたいと、思わずにはいられない。…オレがオレであるために」
「…全力を出すことが、お前の命を使い切ることだとしても?」
「………」
 亮は答えない。
 沈黙はイエスではない。
 けれどイエスの可能性は含んでいる、そんな無言。
 答えることを遮る感情が、まだ残っている。
「…無駄な問いだったな」
「サイバー・エンド」
「お前が最初に言った通り今さらだ。お前はもう選んだんだ。たとえ恐怖に立ちすくんでも、迷うことなどできない覚悟で」
「………」
「私はお前を―」

 * * *

「…馬鹿な夢を見たものだ…」
 朝の日差しに目を眇めながら、亮はつぶやいた。
 サイドテーブルに置いたデッキを取り上げて見つめる。
 表と裏のカードをほぼ同じバランスで調整したサイバー流デッキ―自分が考え得る限りでの、サイバー流の全力を出すためのデッキ。
「リミッター解除の効果を受けたモンスターは、そのターンのエンドフェイズに破壊される。パワー・ボンドを使用したプレイヤーは、そのターンのエンドフェイズに召喚したモンスターのもともとの攻撃力分のダメージを受ける…」
 初歩中の初歩、力のリスク。
「…あいにくと、もう使った後だからな。後には退けん」
 それでもあと一歩を、踏み出せるかどうかは分からない。
 そのときが来なければ、分かるはずもないのだ。見積もり通りに待っていてくれるほど、未来は甘くない。
「今まで失くしたものに比べれば、安い代償の気もするがな。…いや、」
(…失くしていないから、か。誰も彼も、お人好しばかりで困る)
 口元に浮かんだ苦笑は、一瞬でかき消えて無表情へと変化する。
 ためらいはある。
 それでも進むことしかできないから。

(それが全ての最後になるとしても…全力を、出し切ってみたい)

 * * *

“私はお前を、不幸にするためにいるつもりはないんだ”

 夢で出会ったサイバー・エンドの幻。
 願いすらかき消えた先に残る透明な祈り。
 自分のすべてを無に帰して、もう一度出会う限界サイバー・エンドが、どうか祝福でありますように。



 100205(chips)
 100616(修正転載)

 
何度も似たような話焼き直しててすみませんorz
そろそろ、根本的には意味も理由も無く純粋に「強くなりたい」って衝動だけで亮が動いてたことを認めないわけにはいくまいて。デュエリストのさがってやつですね。
負けたくないも勝ちたいもお前なんか消えろも本気なんだろうけど。でもそういうの思う俺ちっせぇとかも思ってたんだろう、多分。勝利への欲望を越えた瞬間の亮のテンションは異常。
あくまでサイバー流にこだわってたところが、亮が「自分を見失ってない」証拠なんだよなぁ…アモンは雲魔物クラウディアンからエクゾディアに浮気しちゃったからアウト?エコーの立ち位置を思うと、吹雪や翔に何も言わなかったのは「巻き込みたくなかったから」なんだろうな…。
適当にごまかして自分を捨てることより、誰かとぶつかっても孤独を背負っても罪を犯しても、自分であることを選ぶ。…5D's「LAST TRAIN―新しい朝―」だなぁ(笑)自分捨てるほうが楽でも最大限耐えてみたいと思った♪

 
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