変革序章―ゼロ地点へ 卒業模範デュエルの相手を任せたい。 三年生で首位の成績を修めた先輩からそう言われて、亮は珍しく歯切れの悪い調子で言った。 「…オレ…ですか?」 「ああ」 にこやかに頷く彼は、成績の割に目立たないが、亮の目から見ても優秀なデュエリストだった―が。 なおも考え込む亮に、彼は言った。 「気が乗らないか?」 そう問いかけられて、亮はためらいがちに答えた。 「…はい。卒業生の中には、先輩以外にも優秀な方がいらっしゃいます。なのに、二年のオレなんて…」 「この模範デュエルの相手は、それじゃ駄目なんだよ」 「………」 「…ま、ためらうのも分かるけどな」 そう言って、彼は肩をすくめた。 「オレはお前と、互角のデュエルをする自信はある…が、それ以上じゃない。オレとお前のデュエルは、やってみなくちゃ分からない。だからお前はこう思ってる。もし自分が勝ったら、何が起こるか」 「それは」 「隠さなくていい。オレだって、実力差を見極められないほど馬鹿じゃないさ」 その言葉に、亮はやりきれない思いを感じていた。 自分の態度が傲慢なのは分かっていた。それでも、今のアカデミアの状況を見ていれば、簡単には頷けなかった。 今のアカデミアには、成績順で分けられたレッド、イエロー、ブルーがいがみ合い、互いに牽制し合っていて、しばしば発生する小競り合いといい、とてもではないが良い雰囲気とは言い難い。 そこでもし、学年の序列を覆して自分が勝ってしまったら、それこそ、誰もがリスペクトなんて言葉を忘れたような混沌を生み出してしまうのではないか。 そんな亮の危惧を承知で、彼は続ける。 「…けどな、だからこそお前に頼みたいんだ。もしここで、卒業生同士のデュエルなんて予定調和に手を出してしまったら、アカデミアは何も変わらない。オレはお前のデュエルを認めてるし、お前も正々堂々戦ってくれるだろう。オレが勝っても何も問題は無い。お前が勝てば―それは少なくとも、皆の希望になると、オレは思ってる」 「…え?」 「…もう、表面上は皆忘れたような顔してるけどな。覚えてるだろ?廃寮になった特待生寮と、失踪した生徒達のこと」 不意をつかれて、亮の表情が曇る。 立て続けに失踪した特待生寮の生徒達の中で、最後に失踪したのが、亮の親友、吹雪だった。そして、それを最後に特待生寮は完全に閉鎖され、生徒の立ち入りも禁じられた。 「…はい」 「あー悪い、落ち込ませたかったわけじゃなかったんだ。ただ…多分今のアカデミアが荒れてるのは、その不安も尾を引いてるんじゃないかと思っててな。消えたのは軒並み成績のいい連中だったし…」 そう言って外された視線は思い出すように遠くを見ていて、失踪した生徒の中に彼の友人も含まれていることを物語っていた。 「帰ってくると、オレは、信じてます」 口を突いて出たのはそんなセリフだった。 思ったより強く出たその声に自分で驚いて、目の前のぽかんとした顔にばつの悪さを感じながら、亮は言った。 「…すみません、突然」 数秒置いて、彼が笑った。 「ははっ、いや、いいんだ。そう言ってくれてありがたいよ。うん…オレも、諦めてはないから」 かすかにほころんだ表情に、亮は共感と安堵を覚える。 その表情を引き締めてから、彼は続けた。 「だがだからこそ…あいつらが帰って来た時、このままのアカデミアを見せたくないんだ。一番強かった奴らがごっそり消えたせいで、今のアカデミアは、誰が強いのか、誰が凄いのか、その基準が分からなくて皆が混乱してる。だけどお前が勝てば、少なくとも年齢差を跳ね返すだけの実力のあるデュエリストが、ブルーのトップにいることが証明できる。それは同じブルーにとっても、イエローやレッドにとっても、目指す強さの指針になるはずなんだ。それが、アカデミアの頂点の実力なんだと。寮ごとの溝がなくなるわけじゃないし、そっちはむしろ深まるかもしれないが…少なくとも小競り合いは減ると思うぜ。そしてお前がトップに君臨する限り、その安定は崩れない」 それは亮が、思いつかなかった未来予想図だった。そしてそれは、亮が考えるより遙かに、亮には周囲への影響力があると読んでいる予想図でもあった。 「…オレはお前に、迷ってる皆の拠り所になってほしいんだ。誰もがその実力を認めるデュエリスト。それがトップに一人いるだけで、状況は変わる。オレはそこまで強烈な人間じゃあなかったが…お前になら、それができると思ってる」 「先輩…」 「今見た限りじゃ、これが多分打てる最善の策だと思う。天上院がいたら、また違うこともできるかもしれないが…まぁあいつは、模範デュエルには向いてなさそうだが」 本音なのだろうが、和ませるように茶化した彼に、亮も苦笑して言った。 「オレも模範と言うより、祭りになりそうな気がします」 「だよなぁ。ま、修学旅行と一緒で、そんな堅く考えることもないとは思うけどな。オレがお前を指名しようと思ったのも、やっぱ最後に一回、パーフェクトデュエリストなんて言われてるお前と、思いっきりやってみたかったからってのが本音だし」 「そうなんですか?」 「そりゃそうだろ、そんな計算ばっかじゃ動けないっての。それが色んな意味で良さそうだと思ったから、迷わなかったってくらいの話だ」 そんな打ち明け話をさっぱりと言ってのける彼には、けれど確かに年上の風格を感じた。 「ごちゃごちゃ言ったのは、お前がそういうの気にすると思ったからだよ。でなきゃこんなめんどくさいこと、いちいち説明するもんか」 暗に自分に合わせたのだと言われて、亮は反射的にこう答えてしまう。 「それは…すみません」 「いいっていいって。だから任せたいと思ったんだしな」 からりと笑った後で、静かな表情で彼は言った。 「…随分重いもん、背負わせると思うか?」 その言葉に、亮は力強く笑った。 「いいえ。それは先輩方が、ずっと背負ってきたものでしょう。今度はオレ達が背負う番です」 「…そうか」 微笑んだ彼に、亮はこう答えた。 「卒業模範デュエル、謹んでお受けします」 * * * その年の卒業模範デュエルは、いつになくハイレベルな真剣勝負だった。 誰もが固唾を呑んで見守る張りつめた静寂の中、激戦を制したのは、在校生である亮の方だった。 それを機に亮は、こう呼ばれることになる。 デュエル・アカデミアの帝王、カイザー亮、と。 100620 |
亮に先輩って呼ばれたい(ゑ) 亮がカイザーって呼ばれるようになったの、こういう流れでもいいなぁと思った。 公式サイトストーリーにあるGX開始時のアカデミア設定「エリート主義がはびこる弱き者には冷たき学園」が、それでも亮ががんばった結果だったらもえるなって思ったらこうなりました。 冷たい学園になる前は荒れた学園でした、みたいな。そしてそれを、亮から受け継いだ十代が熱く変えていく!みたいな。 怪我した直後は炎症を抑えるために冷やした方が良くて、症状が安定したら血流をよくするためにあっためたほうがいいって聞いたことがあるよ!(そういう話なのか) 失踪事件の詳細は捏造気味。だってよく分かんないんだもの\(^o^)/ 天才トリオと隼人が一緒に授業受けてたので、藤原と吹雪は二年中盤で失踪設定です。 会話に藤原の名前が出てこないのは、藤原についてはダークネス一体化の副作用で全員もれなく記憶喪失設定だからです。オネストは覚えてるから問題ない。 |