地下で倒した相手の顔は、よく覚えていない。誰も彼も勝利を得るための糧でしかなく、気にする必要さえなかったから。 隣で好き勝手に算盤を弾いている猿山のお陰でマイナーリーグに復帰してからも、それは大して変わらなかった。 地下デュエルで使われていた衝撃増幅装置。それは結局、レベルの低いデュエルの退屈さを誤魔化すための刺激だったのだろう。デュエリストのレベル自体は、地下もマイナーリーグもたいして違わない。 ―だからこそ見えてくるものが、ひとつだけあった。 変革された世界で 「久しぶりだな」 そう言われて、初めて亮は相手の顔を見つめた。意識の外でぼやけていた輪郭が像を結ぶ。場違いな程、穏やかに微笑む青年。 「……結城…先輩…」 呆然と、亮はその名前を口にした。 それは一年と少し前、卒業模範デュエルで戦った相手だった。 「覚えててくれたか。ま、こんなとこで再会ってのもお互い締まらないが―」 すぅっと、その表情が尖る。 見覚えのある素直な動作で、結城はデュエルディスクを構えた。その顔が、不敵に笑う。 「贅沢は言えないな。いくぜ、丸藤」 「「デュエル!!」」 * * * 地下で倒してきたのは、弱者と、弱者をなめてかかる弱者と、死に物狂いの弱者だった。 結局あそこは、どんなに命を賭けてみようと、弱いデュエリストの行き着く先だった。 だからこそこうも簡単に、自分はここまで戻ってこれたのだろう。 マイナーリーグは、あと一歩でそこに足がつくような場所。それは結局、デュエリストに残された最後の居場所だということだった。 地下から戻って来た今だからこそ、初めて分かることがある。 衝撃増幅装置が可視化した負の感情―恐怖と欲望が、ここでも確かに渦巻いていることが。 * * * 「―カードを一枚伏せて、ターンエンド」 結城がそう宣言する声が響く。 派手さは無くとも至って冷静で堅実なデュエル。それが結城の持ち味なのは、変わっていないようだった。 けれど気配の端々に、隠し切れない気迫のようなものがあった。 (なんだ?この感覚は―) デュエルの手応えは、決して悪いものではない。頭だけで考えれば、勝つ見込みは十分と言える。 それなのに、結城の気配には隙が無い。何かを隠しているような、強いて言えばそういう気配。不自然なまでに、伏せられたカードが存在感を増す。 (だが、これは) 違う。 そう結論した勘とは裏腹に、亮はドローしたカードでこう宣言した。 「速攻魔法発動、サイクロン!伏せカードを一枚破壊する!」 「おっと」 伏せられていたのは、通常魔法カード。伏せる意味の無いそれは、相手を怯ませるための完全なハッタリということだった。 (…ッ、オレは…!) 「オーバーロード・フュージョン発動!フィールド、及び墓地から、合計6体のモンスターを除外!キメラテック・オーバー・ドラゴンを、攻撃表示で特殊召喚!」 召喚されたキメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力は4800。サイバー・エンドをも超える攻撃力は、一撃必殺も可能になる。 そして目の前の結城のフィールドは、ガラ空きだった。 「キメラテック・オーバー・ドラゴンで、ダイレクトアタック!エヴォリューション・レザルト・バースト!!」 * * * 「よ、お疲れさん」 「…結城先輩」 「なんだよ、勝ったってのに浮かない顔だな」 「…勝った気が、しません」 苦い声でそう返すと、結城は低い声でこう言った。 「どう見たってお前の勝ちだろ」 怒気さえ孕む、結城のそんな声を聞いたのは初めてだった。そうつきあいがあるわけではないけれど、それを差し引いても珍しいのは疑いようがなかった。 その言葉に反論することはできなかった。だから代わりに、亮はこう続けた。 「それでもオレは…あなたのことが怖かった。そのせいで使う必要のない手札まで使って、攻撃の代わりに防御を捨てたようなモンスターを召喚して。あなたの手札に、あと一枚カードがあったら、勝敗は分からなかった」 憮然とそれを聞いていた結城が、不意に笑った。 「ほんっと、真面目だよなぁ」 からっとしていたけれど、どこか寂しそうな、諦めたような、そんな笑い方だった。 「けどな、無かったんだよ。それが全てだ」 決然としたその言葉に、何を言うこともできなくなる。 怯えた分だけ隙ができた、それは亮の問題でしかない。そしてそんな亮に対してさえ、決して気を緩めることの無かった結城は勝てなかった。その意味は、結城自身が一番分かっている。 黙り込む亮に、結城がこう言った。 「戻ってきたんだな、お前」 「え…?」 「エドとのデュエル、オレも見てたよ」 言われて、とっさに何のことか思い出せなかった。 それくらい、もうあのデュエルとは関係の無いレベルで、勝利に囚われていた。 (それでも―きっかけ、だったのに?) 連敗の間、ずっと囚われていたのはあのデュエルのこと―いや、リスペクトデュエルができなかったことだった。 あの頃はただ、そのことしか分からなかったけれど― ―ギリギリなんかじゃない!なんだ、この余裕は!? “…だが、カイザーの名にかけて、負けるわけにはいかない!” (―そういう、ことだったのか…) エドがアカデミアの新入生だということを忘れられなくて、自分が「アカデミアのカイザー」だったことを忘れられなくて、相手にも自分にも、誠実になりきれなかった。 カイザーにこだわったことを、くだらないプライドと人は言うのかもしれない。けれど多分、それだけではなかった。そこに隠れていたのはむしろ、もっと幼い感情。 「お前さ、ちょっと変わったよな。あ、今のことじゃなくて、オレが卒業した後のことだけど」 「…面白い後輩がいましたから」 複雑な顔ではあったけれど、控えめに亮は微笑んだ。 彼とのデュエルは、亮にとって、アカデミアで一番の思い出だった。 「遊城十代か?」 「はい」 「実物は見たことが無いが、噂は聞いてるよ。お前がそう言うんだったら、相当面白いんだろうな」 「保証しますよ」 そう言って亮は苦笑する。 想像できてしまったからだ。お互い興味津津で闘う、十代と結城の姿が。 「いいところだったよな、アカデミアは」 過去形のその一言が、やけに胸に響いた。 「…はい」 噛みしめるように答えた声で、きっと伝わったのだろう。結城もまた、寂しそうな顔をしていた。 お互いに、アカデミアのトップ、後輩達に模範を見せる立場にいたけれど。 それでも生徒として、「アカデミアの一員」として、守られていたのも確かだった。 他の生徒たちと、皆一緒に。 今はもう、独りだけれど。 「…じゃあな、引き止めて悪かった」 「いえ…」 そう言って立ち去ろうとする結城の背中に、亮は呼びかけた。 「先輩は、これからどうするんですか」 振り向いた結城は、こう言って笑った。 「オレからデュエル取ったら何が残るよ」 デュエルはやめない。それだけはもう決めていると、その笑顔は語っていた。 その揺るがなさに、亮は無言で頭を下げた。 101023 |
先輩に名前ないときついなーと思ったので名前を付けました。前作書き終わった時点で「頭いい十代みたいな先輩だなー」と思ったので結城先輩になりました。漢字が違う同じ名字(笑) しかし学園生活終盤がどちらかと言えば悪い思い出だらけのはず(前作参照)の結城先輩なのですが、「いいところだったよな」とか言えるあたり大物です。まぁ、セブンスターズ事件の後に例の失踪した友人が帰ってきてるので、問題ないはず(笑)そこらへんのネタも入れたかったんですが、挿入する隙が無かった…orz 予定からタイトルを変えました。プロになった亮も結局GXの枠内にいる人なんだよね、ってことを最近思うので、「十代が来たことで変わった世界で」みたいな意味です。 GXの中で「デュエル・アカデミア」=「学校」っていうのは「故郷」のシンボルでもあって、その「故郷を出ること」=「独り立ち」=「大人になること」が基本的には「卒業」なんですが、亮の卒業は十代が異世界へ飛ばされたのと同じ意味を持っていて、本当の卒業の前に「強制的に叩き出される」話なんですね。かわいい子には旅をさせよ、みたいな。 で、十代が自分の意志で異世界に戻るように、亮は自分の意志でアンチリスペクト…というか、「闘い続ける道」を選ぶ。そして、異世界に戻るときの十代に余裕が無かったように、亮も余裕は無かった。その余裕の無さが亮の場合は「勝利への欲望」=「敗北の恐怖」(十代の場合はヨハンへの無闇な責任感)なんですが、それがあるからアンチリスペクトデュエルが避けられないだけで、亮が選んだ道の本質は、あくまで「闘い続けること」「そのために強くなること」で、リスペクトするとかしないとか、そこには関係なかったんじゃないかと思います。 あと逆に、リスペクトデュエル=カイザーで、亮にとってはカイザー=アカデミアの帝王で(翔や十代にとっては違う)、リスペクトデュエルがアカデミアと結びつきすぎてたから、独り立ちのためには捨てざるを得なかったという考え方もできるかもしれません。 「孤独」というのは、結構難しい問題なんだなぁと最近思います。人間誰しも孤独なもの、というのを、ニヒリスティックに斜に構えて言うのは簡単なんですが、亮とか十代とか吹雪とかは、斜に構えることさえできないレベルでそれを知ってて、だからこそ、自分と同じように他人も孤独なんだということ、そういう他人を思いやること=全身全霊で向き合うことを知ってて。その向き合う手段がデュエルなわけですが(笑)そういう、GXの一周回ってる感じが、もう本当に心底好きなの…(笑) |