アカデミアに帰ってきたとき、目の前で驚く翔を見て、すべてうまくいったんだと思っていた。
 だけどそれはまだ、子どもの抱く甘い幻想に過ぎなかった。


 起こせる奇跡は、二人で一つ


 三沢くんと、アモンくんと、…兄さんが、まだ帰って来ないんだ。

 そう言った翔の言葉を、十代は一瞬理解できなかった。
 三沢とアモンと亮。
 じわじわと広がっていく胸騒ぎ。
 それを気取られたくなくて、言い訳をつけてレッド寮の食堂を抜け出した。

 * * *

(三沢はまだ分かる。自分が必要とされるあの世界に残るって、三沢は自分で選んだ。…だけど)
 アモンと亮。
 ユベルと闘って、消滅した二人。
(…無理、だったのか?オレが…ユベルが巻き込んだ人なら、ユベルさえ元に戻せば大丈夫だと思ってたけど…)
“十代”
 不意に、自分の内から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「…ユベル」
 呼ばれた名前に、十代と一体となった精霊ユベルが姿を現した。
“言いにくいけれど…アモンは帰ってこない。ボクが彼の心の闇を、彼の魂を食べてしまったから。次元の狭間に幽閉していたキミの仲間とは違う。…キミが考えた通り、無理なんだ。すまない、十代”
「…分かった。謝らなくていい。お前の罪はオレの罪だ、ユベル」
 ひとつだけ頷いて、ユベルは続けた。
“けれど、あの男に関しては、ボクもどうなっているのかは分からない”
「…なんだって?」
“アイツはボクの手には落ちなかった。命の限界を超えてボクに立ち向かった彼は、キミを傷つける力になることを拒み切った。だからこそ、鍵はキミが握っているはずだ”
「……っ!」
 不意に、別れ際に三沢が言っていた言葉がフラッシュバックした。

“この次元は、精神と物質が一つにつながっている。だから、お前の願いが強ければ、奇跡は起きる”

(…奇跡なんて言葉は、三沢らしくない。それでもアイツは、奇跡って言葉を使った。願いが強ければ奇跡は起きる…それを三沢に、信じさせたのは?)
 そこまで考えて、十代の目に光がともった。
 食堂に引き返して翔の姿を確認すると、十代は叫んだ。
「翔、カイザーを探しに行くぞ!」
「アニキ!?」
「カイザーは、必ず帰ってくる!」
 揺るぎない十代の瞳に、翔は力強く頷いた。

 * * *

 オレの願い。皆を取り戻したかった。皆に、生き返ってほしかった。
 その奇跡は、まだ起きちゃいない。皆は生き返ったわけじゃない。最初から、死んでなんかいなかった。
 そしてもう一つ―

“オレは死なない…この輝く瞬間を感じている限り、オレに死の闇は訪れない…瞬間は永遠となるのだ!”

 ―カイザーの願いは、生き続けることだった!

(信じるからな。三沢、カイザー…!)

 * * *

“くりくり〜”
「相棒!」
 走り出した十代に並走するように、ハネクリボーが現れる。
 いつも十代を、光へと導いてくれる精霊。
「ああ、分かった!」
 迷いなく走る十代の後を、翔は無言で追いかける。
 今は聞くことなどない。十代を信じるだけだ。
 ほとんど休みなく駆け抜けて、息も上がりそうになった頃、不意に十代が立ち止まった。
 遅れて立ち止まって、翔は肩で息をする。
 気がつけば砂浜にたどりついていて、見上げた先、倒れている人影が目に入った。
 十代が立ち止まったのも、同じ理由だったのだろう。
 確認するのが、怖い。
 それでもゆっくりと歩き出した十代に、引かれるように翔も歩き出す。
 その翔が、不意に走りだして十代を追い抜いた。
「―兄さん!」
 駆け寄って、倒れている亮の体を抱き起こした。
 うっすらと、その眼が開かれる。
「…翔…?」
 翔の瞳から涙があふれる。
 ほとんど、諦めかけていた再会だった。
 泣いている翔に抱きしめられたままの亮の瞳が、立ち尽くす十代を捉えた。
 安堵と哀しみの入り混じる表情。
 亮の横に手をついて、十代がうなだれる。
「…カイザー、オレ…」
 震えた声が、途切れる。
 そんな十代の頭を、亮の手のひらがそっと撫でた。
 十代に伝わるのは、確かな存在の感触。
「…よく、がんばったな」
 優しい声だった。
「…っ」
 すべてを見透かした上で許すようなその言葉に、十代は少しだけ、声をあげて泣いた。


 110729





帰って来た十代が泣いてたってのを亮と翔だけ知ってるとか萌える

四期のはじめのへん、独断専行に磨きがかかってる十代を責めた明日香に、十代は「もう、戻れないこともある」って言ってて、それは一応本編ではユベルと融合しちゃって「精霊の力を使える特殊な人間になったから、その力が引き寄せる災厄に皆を巻き込みたくなかった」っていう風に片をつけてあるんですけど、どうもこれ個人的には「本当のことを半分しか言ってない」みたいな印象があるんですよね。
あと、翔は十代に距離を感じてなくて、剣山たちは距離を感じてる、っていうのも、翔だけは十代を最後まで見届けたから当然かもしれないんですが、それにしても156話で帰ってきたときの十代と157話で引きこもってる十代に違和感を感じないっていうのは、それ以外にも何か知ってるからじゃないのかなーとか。
そういう十代の「戻れない」っていう発言と、「Missing」になった亮・アモン・三沢の考察を絡めたら、「ユベル経由で犠牲になったアモンに十代が罪悪感を感じてて、それで絶望しきらないために亮の復活があった」というこの話になりました。アモンの犠牲があるからこそ、十代は「もう二度と失敗できない」って焦燥感に追いつめられてたのかもしれないなと。

親の愛を知らず、自分の力を頼りに生き抜き、救われたいと願うことを知らなかったアモンは、誰にも救うことはできなかったんだけども…。

シド(元の世界)とのつながりを捨てて、心の闇をエコーに(知らないまま)託して、平和な世界の(孤独な)王様になろうとしたアモンは、「純粋なカイザー」っぽい。亮にとってあくまで「カイザー」は一面だったけど、アモンには全部。
だけどそれは、あくまでエコーの犠牲の上に成り立っていた幻だった。二人にとって不幸だったのは、エコーは苦しみに耐える愛を、アモンは孤独に耐える強さを持っていたこと、破滅的な地点で二人が合意できてしまったこと、なんですよね…。純粋は綺麗だけど脆く儚い…。
エコーがアモンに抱いていた愛は母性愛だと思いますが、どんなにエコーがアモンを母性愛で愛しても、母親じゃないエコーにアモンは救えない。少なくとも、アモンがその「エコーの無理」に気づかない限り。(それに気づいたのが最後の「エコー…!」なんだと思う)。
あの構図はマジで切ないです…。

切ないので十明日の子供に転生させてみた→「New Future」(大幅改定予定あり)

 
BACK