カラーレス・カラード・エモーション 6
 ココロのユクサキ


  数日後。
 部屋をノックする音に、亮はドアを開けた。
「…吹雪」
「入って…いいかな」
「…ああ」
 先週は吹雪の部屋で会っていた。今日は自分の部屋で。
 状況的に自分から動けない以上、それは単なる必然なのだが。それでも何かを暗示している気がしてしまうのは、一体なんのせいだろう。
「ずっと、考えてたんだけどさ」
 隣同士座ったソファで、ぽつりと、吹雪が語りだした。
「…亮は、ボクにどうしてほしい?」
 思いがけない質問だった。
 答えられない亮に、吹雪は続けた。
「最初につきあってって言ったのはボクだから、終わらせるのもボク次第だって、亮は思ってるかもしれないけど…正直、ボクには分からないんだ。どうしたらいいのか」
 そう言って、吹雪は苦笑する。
 いつか自分がしたように、視線を落として言った。
「…藤原が言ったんだ、亮はずっとボクのこと見てた。どうしてボクが気づかないのか不思議なくらいに見てたって」
「…それは」
 確かにそうなのかもしれない。けれどそれは、吹雪が自分のことを、意識していないからで―
「それを聞いて、思ったんだ。ボクはどうしてあんなにも、恋が何なのか知りたいなんて思ったんだろう」
「……え?」
 それは亮が聞かれても、分かるはずのない問いだった。いや、吹雪以外から聞かれれば、迷わずこう答えるだろう、吹雪だからだ、と。けれど本人から聞かれてしまえば、答えようがなかった。
「…キミの視線に、ボクはどこかで気づいていた気がする。だけど考えないようにしていた。気づくのが怖かった。そうやって自分に自分を隠したくせに…不思議だね、結局は、キミに向かってしまったんだ」
 それは、後付けの思い込みではないのか。そんな疑問は、吹雪自身が一番よく分かっているのだろう。
 顔を上げて、吹雪は言った。
「ボクは、嫌じゃなかったよ。キミに好きだって言われても。それが恋かは分からない。だからまだ、キミとつきあっていたいけれど…そんな理由で巻き込んだせいで、キミを傷つけているなら、これ以上ボクはボクの我がままにつきあえとは言えない」
「…傷ついたわけじゃない」
 口をついて出たのはそんな言葉だった。
 吹雪の言いたいことは分かる。それでも、どうしても、そんな風には思えなかった。
 そんな亮に、吹雪は微笑んだ。
「うん、それはキミが決めることだから、亮がそう言うなら、ボクもそう思うことにする」
 どうしてこんなにも、吹雪は落ち着いているのだろう。
「だから、聞きたいんだ。亮は、ボクにどうしてほしい?…キミは、どうしたい?」
「……っ」
 静かな笑顔だった。
 迷いはもう、どこにもない。
(もう、決めたのか、お前は。…違う、最初から決めていたんだ。吹雪は、冗談でつきあおうなどと言ったわけじゃない。その理由を、自分でも分かっていなかったとしても、ただ、本気だった。だから止められなかった)
 ある意味では亮は、吹雪のすべてを委ねられた。それは決して、すべて亮の意のままにしていいという意味ではなくて。吹雪は信じたのだ。亮は絶対に、吹雪の意志を侵害するような真似はしないと。
 吹雪の手に、そっと指先で触れる。
「…オレにも、知りたいことがあったんだ」
「うん」
 あのときと同じように、その瞳を見つめて、亮は言った。
「…お前のことが、知りたい。もっと…見ているだけでは、分からないところまで」
「…そっか」
 ただそう答えた吹雪に、亮は問いかける。
「…抱きしめても、いいか?」
 吹雪がそっと、瞳を閉じる。
「うん、いいよ」
 こらえきれないように、その体を抱きしめた。強く。
 吹雪もまた、亮を抱きしめる。
「吹雪…お前が好きだ。吹雪」
「ボクも、好きだよ…亮」
 その感情の意味は、今でも不確かだけれど。
 この腕の中にある、確かな感触が愛しい。切ないほどに、自分の存在が相手の存在を求めている。
 言葉にするでもなく、潤んだ瞳が見詰め合った。
 互いの唇が重なる。
 そのぬくもりは、ただ、優しかった。

 090513

 +++ 第一部 完 +++

続編は期待しないでくださいorz

 
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