Fallin' love



 1. Falling

 廊下の向こうからどたどたと騒がしい足音と、何やら甲高い声が聞こえてくる。T字のつきあたりで、走り込んできた誰かがさっと自分の後ろに隠れた。
「ごめん、匿って!」
 片目を閉じて小声でそう言ったのは、まだ知りあって間もない同級生だ。それに答える暇もなく、女子の一群が目の前を走り去っていく。多分追いかけていたのは、今自分の後にいる彼だろうが。
 女子たちの姿が見えなくなったのを確認して、亮は振り向いて言った。
「…行ったぞ」
「ありがとう、助かったよ」
 そう言ってにこやかに笑う彼―天上院吹雪。
 一年としてはずば抜けた成績の良さで、既にまとめて噂になっている自分と彼と、そしてもう一人の、名前くらいは亮も覚えていた。とは言っても、まだ授業で一度デュエルをしたくらいで、会話らしい会話はしたことがない。
「…大変そうだな?」
「ん?いやぁ、嬉しい悲鳴って言うやつさ」
 白の裾に青いラインの入った制服の長い裾を払って、吹雪は立ちあがる。彼については、出回っている噂がもうひとつあった。やたらと女子にもてる。男子のやっかみを買いそうなその噂は、しかしささくれた感情で口にされるのを聞いたことは無かった。
「ボクが彼女達の人数分いたら、喜んで全員お相手するんだけどね。そういうわけにはいかないから残念だなぁ」
 つまり適当に全員の相手をするつもりは無いという意味で、多分それが理由なのだろう。現実に大勢から慕われている自分を、無意味に謙遜しないし、悪趣味に見せつけたりもしない。そういうところは、自分も嫌いではなかった。
 それでも微妙にひっかかるところはあって、亮はこう聞いた。
「…誰でもいいのか?」
 その質問に、吹雪は面白がるように笑う。
「キミがそんな質問をするとは思わなかったよ」
 それならどう思われていたのか、それは聞くまでもないだろう。自分でも、相手がこんな男でなければ口にしない問いかもしれない。
「女の子はね、本能で恋の仕方を知ってるんだ。彼女たちは、全身全霊で恋をする。自分の全てを、恋しい人に捧げてしまう。そんなものを差し出されておいて、ボクに選ぶ資格があるとは思えないね。だから選ばない、それだけのことさ」
 それを聞いて亮は、完璧だな、と思った。浮名を流す評判とは裏腹に、基本的に彼は誠実なのだ。これでもてない方が、多分おかしいのだろう。彼は絶対に裏切らない。これほど想い甲斐のある相手もそうはいまい。
「…キミは、デュエルに全てを捧げてるみたいだけどね?」
 唐突に、吹雪の瞳がきらりと光った。
 背筋に何かが走るのを確かに感じて、亮は息を呑んだ。
 彼の瞳から、目をそらせない。
 一瞬こわばった空気を霧散させるように、吹雪は一度瞳を閉じて軽く笑った。
「楽しかったよ、亮とのデュエル」
「…え」
 一瞬の衝撃が去り切らないまま、戸惑いが亮の口からこぼれた。
「キミはデュエルに全部を捧げてしまえる。だからデュエルをしている間、ボクはキミを、ボクのものだと思った」
 何をばかな、と言いたかったけれど、言い返せなかった。主観で語られるそれに、反論などできるはずもない。それにまだ、話は終わっていない。
「ゾクゾクしたよ。だけどね、そう思って勝ちに行ったはずなのに、最後に負けて気づいたんだ。虜にされたのはボクの方だって」
 どういう意味だそれは、という疑問は、聞くだけ野暮な気がした。言葉通りだろう。本当に、そのままの。
「キミは本能で、恋のさせ方を知ってるんだ。予言してあげるよ、この学園ひとつくらい、あっという間にキミのものになる。キミだって大変なことになるよ。覚悟しておいた方がいい」
 そこまで言って、もう一度吹雪は笑った。
「じゃあね。これからよろしく、亮」
 打って変って最初に出くわした時の表情でそう言った吹雪に、亮はただ一言呟くように答える。
「ああ…よろしく、吹雪」
 満足げに笑って、吹雪は去っていった。
 それを見送って、亮は誰にも聞こえないように呟く。
「…ゾクゾクしたはこっちのセリフだ」
(恋のさせ方を知ってるのはどっちだ)
 多分長い付き合いになるんだろう。
 そう思うには、充分すぎる邂逅だった。

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コンセプト:「恋」がゲシュタルト崩壊した話。
ぶっちゃけた話アカデミア生徒は全部カイザーの嫁だと思う。
吹雪が本気を出したら人間全部吹雪の嫁だと思う。
そんな感じ。
100223

 
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