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エクスチェンジ

 先攻1ターン目、魔法カード・融合の発動が宣言された。
「手札のサイバー・ドラゴン三体を墓地に送り、サイバー・エンド・ドラゴン、召喚!」
「………」
 洗練されかつ見慣れてもいるタクティクスにもかかわらず、ぽかーん、という顔で呆気にとられている対戦相手。それもそのはずだった。
「…吹雪さん…じゃなくて、カイザー?」
「ああ、その通りだ」
 と、どこからどう見ても天上院吹雪の顔で言われて、さすがの十代も三秒ほど考えた、が。
「なんだそういうことか、なんかおかしいと思ってたんだよな!」
 どこからどう見ても亮にしか見えない振る舞いに、あっさり納得する。
「だけどそれなら、先に言ってくれればいいのによ、驚いたじゃんか」
「口で言うより、この方が分かりやすいだろう?」
「ま、それはそうだな!」
 一方その頃。
「キミの瞳に、何が見える?」
「…兄さん、なの…!?」
 驚愕とおののきに満ちた声。
「分かってくれるんだね明日香!ボクは信じていたよ!!」
「怖いからやめて!お願いだから!!っていうかもう少し起こってることに動揺するとかしてちょうだい吹雪兄さん!!」
 普段ほとんど感情の起伏を表に出さない亮の顔で吹雪の言動というのは、恐怖以外のなんでもなかった。両方をよく知っている明日香にとっては、なおさら。
「いやぁ、こんな面白いこと、楽しまなきゃ損だろう?」
「普通面白いとは思わないと思うんだけど…」
「他の誰かならともかく、相手が亮だからね」
「それは分かるような気はするけど、楽しみ過ぎじゃないかしら…?」
「う〜ん、そうかい?でも、ボク達にもどうしたらいいか分からないからねぇ」
「それはそうでしょうけど…」
 本人よりも途方に暮れる明日香を前に、ぽん、と手をたたく。
「よし、じゃあなんとかできそうな助っ人を呼ぼう」

 * * *

 かくして一時間後、何故かアカデミアのデュエル場に、亮と吹雪、十代や翔、明日香に加えて、野次馬化した二人のファンまでが集まっていた。
「吹雪さま〜!」
「どっちのことだ?」
「ボクかなぁ?」
 結果。
「…キミの瞳に、何が見える?」
「て、天…?」
 何が起こるのかという面持ちで応える女生徒たち。
「ん〜、JOIN!」
「…っキャ〜〜!!」
 が、結局起こったのはいつもの反応だったりした。
「どうしてそこまで順応できるのみんな…!」
 うめく明日香の隣で、いたって冷静な声が聞こえる。
「妙なものだな、いつもの自分を外から眺めるというのは」
「いつもの亮じゃないでしょう!?あれは!?」
「確かにそうだな」
 ふっ、と笑って、続いたのはこんな言葉だった。
「お前も十分順応しているんじゃないか?オレがオレだと分かっていないと、そのセリフは言えないんだからな」
 言われて、はた、と、外見など関係なく吹雪の言動に突っ込みまくっていた自分をも思い出す。
「…た、確かにそうね」
 行動パターンが入れ替わっても、反応自体はある意味ではまったく混乱していない。
「…でも疲れるから、早く元に戻ってほしいんだけど…」
「そうだな…」
 そんな光景を、デュエル場の入り口から目にした藤原がぽつり。
「…何やってんだお前ら」
 歓声やらなんやらに掻き消されて、その声自体は届かなかったと思われるが、目ざとく見つけた亮―吹雪?が声をかける。
「藤原!来てくれたんだね」
「ここまで人が集まってるとは聞いてないぞ。というか、ここで待ち合わせる意味何かあったのか?」
「ファンの子たちが、入れ替わったボクと亮を見てみたいって言うから」
「…なるほど」
「どうすれば元に戻れるか、何か分かるか?」
 いつもと逆の外見と言動にまったく動じない藤原に、三人を若干遠巻きにしながら翔が呟く。
「やっぱり藤原先輩さすがっすね」
「そうだな」
 隣の十代もそれには同意した。
 面白くもなさそうに亮と吹雪をそれぞれ一瞥(いちべつ)した藤原は、あっさりとこう言い放った。
「キスでもしてみれば?」
 その瞬間。
 女生徒の中で悲鳴が上がった。
 どよめきの中で、当の二人は天国と地獄の様相を呈している。
「…何、だと…?」
「ナイスだよ藤原!その手があったね!」
「どうしてそうなるの!?」
「…ボク帰っていいッスか?」
「いいんじゃねぇか」
 頭を抱える明日香に、現実逃避を始める翔。十代は何も止めない。
「どうしてって…肉体が魂の入れ物ってのは単純化しすぎにてしても、見方の一つではあるからね。魂が入れ替わったって言うんなら、肉体のほうをつなげてみればってだけの話だよ。対応する魂と肉体は普通は引き合うものだから、運が良ければ戻るんじゃない?」
 これは多分、明日香の言葉に対して答えたものだろう。
「…待て、本当にそれしかないのか!?」
 吹雪の外見で詰め寄られて、藤原はけろりとこう答える。
「それ以外だとそれ以上しか思いつかないけど」
「分かった、聞かなかったことにする」
「いいじゃないか、人工呼吸だと思えば!」
「そんな楽しげな人工呼吸があってたまるか!!」
「往生際が悪いよ!」
「いっそ本当に死ぬ間際ならこんな態度は取らん!!」
「…その意見には心底同情するけど…」
 複雑な顔で呟いた明日香に、おそるおそると言ったような吹雪の声―あくまで声―が呼びかけた。
「…あ、明日香…?」
 困った顔で、明日香が言った。
「それでもやっぱり、元に戻って欲しいのよね…。…なんていうか、私にとって兄さんは兄さんで、亮は亮だもの」
「…聞いただろう…?」
 一転、真剣な顔で亮―に見える―が言った。
「これはもうボク達だけの問題じゃないんだ。みんなのためにも、ボクたちは本当の自分を取り戻さなければならないんだよ!」
 どよめきから一転、固唾を呑んで見守る生徒たちの中。
 その前にそれで戻れるかどうか分からないじゃないかと言いたいのに、例えそう言ったとしても、だったら他に何か方法があるのかと聞かれてしまえば、反論する言葉はないわけで。
 辛うじてうめいた言葉は。
「…ひ、人前でする意味が分からん…」
「ここまでみんなを混乱させた責任というものだね。みんなには問題解決を見届ける権利があるのさ」
 口八丁のような気がしないでもないが、その言葉には一理あって、しかもこの場から逃げ出せる気はかけらもしなかった。周囲の感情も、複雑ながら、すべてを見届けたいという思いに傾いているらしかった。…もとい、あまりの事態に見なかったことにしようと逃げ出した取り巻きもいるのだが、結局そう決意した人間が残ってしまっていた。
「それに、キミは一人じゃない。ボクだっているだろう?」
 あくまで真剣な表情で言われて、観念したように言った。
「…お前も、理想というやつを捨てようとしているんだろうな」
 その言葉に驚いたのは、むしろ取り巻きのほうだ。
 言われた本人は、それを無言で肯定する。
「…分かった」
 頷いて、互いの肩に両手を置いた。
 真剣な瞳で見つめあい、何かの儀式でもするように口づけを交わす。
 二人の瞳が閉じた。
 長いような短いような時間のあと、その瞳が開かれて―
 ―亮が、疲れたようにその場にしゃがみこんだ。
「……も、戻った…」
 吹雪もその隣にしゃがみこんで笑った。
「お疲れ様」
「…っ感動ですわーーー!!!」
 まさかの大歓声と拍手に囲まれる。
 亮が複雑な表情をしつつも立ち上がると、同じく立ち上がった吹雪が、観客に応えて手を振った。
 そんな中、不安そうな顔で一人の女生徒が歩み出る。
「吹雪さまの捨てた理想ってなんですの…?」
 一瞬きょとんとしてから、吹雪はこう言った。
「ボクが今ここで、キミにキスしてあげるって言ったらどうする?」
「そ、そんなことがあったら喜んで…!」
 顔を真っ赤にして、ほとんど反射的に答えた少女の手を取ると、吹雪は優雅にその甲に口づけた。優しい微笑を贈る。
「…そんな風に言うものじゃないよ。本当の恋を見つけたいなら、焦らないほうがいい。そして、恋を伝えることのできるキスは…誰かに見せるようなものじゃないのさ」
 へたりと、少女が尻餅をついた。
 周りから再度の歓声が上がる。
「吹雪さまーーー!!!一生ついていきますわーーー!!!」
「ハハハ、ありがとう!気持ちだけもらっておくよっ」
 どうやらこれが、本日のイベントの終幕となったようだった。
「…茶番だな」
 やれやれといった口調で、藤原がため息をついた。
「巻き込んですまなかったな、藤原」
「別に、まぁ…その分楽しませてはもらったよ」
 にやりと笑った顔に、亮は苦笑した。
「そうか」

 この出来事は後日、吹雪のファンクラブ(女性限定)では公然の秘密として、発言はなかったが同じく居合わせていた亮の親衛隊(男子生徒限定)の中では都市伝説として語られることになったという。


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