エクス…チェンジ? 例の騒動の後、亮と吹雪を残して一足先にデュエル場を出た藤原に気づいて、十代は周りに人がいないのを確認して声をかけた。 「藤原!」 1年生の中ではただ一人自分を呼び捨てる十代を、とがめるようなことは藤原はしない。 「どうしたんだい?」 「…その…最初はそうでもなかったんだけどさ、なんかオレ、納得いかないんだ」 「納得いかないって?」 「いや、うまく言えねぇけど…なんか、あの二人、あんなんだったかなって」 その言葉に、にやりと藤原が笑った。 「鋭いね。…ここじゃ何だから、ちょっと場所を変えようか」 * * * 連れてこられたのは、今は廃止されたという特待生寮の一室だった。古ぼけた建物にも関わらず、藤原に通されたこの一室だけは、普段から藤原が使っているのか、過去の香りを感じさせなかった。 「アカデミアにこんなところがあったのか」 「この世界じゃ、何の意味も持たないところさ」 言って、書き物用らしいデスクの椅子に藤原が腰掛ける。この部屋の主の威厳を持って、藤原は十代にソファに掛けるよう薦めた。 「さて、お前の疑問に答えよう。とは言っても、オレも本当のところを確認したわけじゃない。だからこれは推論でしかないけど…」 面白がるように、藤原が笑う。 「とりあえず、分かり易いところから片付けよう。今日の日付は?」 「え?…えーっと…3月、じゃないな、4月…1日…あっ」 「そういうこと。あいつらの壮大な冗談につきあわされたんだと思ってるよ、オレは」 「え、いや、でもそれ答えになってねぇし!」 「慌てないでくれよ、分かり易いところからって言っただろう?これはあくまで、オレの結論を先に教えただけさ。本題はこれからだよ」 「あ、ああ、分かった」 言われて、十代は居住まいを正す。 「お前が無意識のうちにひっかかってるだろう点。それは、オレがキスしたらいいんじゃないかって言ったときの二人の反応。あれは亮と吹雪の関係と性格を考えれば、オーバーリアクションの域に入る」 「…どういうことだ?」 「二人の信頼は伊達じゃない。しかも亮は、必要ならそれこそ人工呼吸くらいためらわずにできるし、そんなことでいちいち取り乱したりしない。まぁ、オレの言い方が引っ掻き回した部分はあるけどね」 「…うん、まぁ、分かる…かな」 「そして、吹雪にとって恋愛は神聖なものだ。だからそれにまつわる行為は、あいつにとって見世物にするようなものじゃない。だから本来、あんな風に完全に乗り気になったりはしない」 「…あれ、そういう意味だったのか」 最後の女生徒とのやりとりを思い出して、十代は頷く。 「つまり、本当に人格が入れ替わってて、どうにか元に戻らないといけないってなったときに、その解決手段に「キス」なんてものが出てきたら、しかも人前でしなくちゃならなくなったら、二人はむしろフリーズするはずなんだ」 「…フリーズ?」 「判断がつかなくなって動けなくなるってことだよ」 ふんふんと頷く十代に、藤原が話を続ける。 「それなのに、そうはならなかった。それはあの人格交代そのものが二人にとって見世物で、周りが期待するストーリーを、最初から演じる前提で二人があそこにいたからだと考えられるのさ」 「…ワリィ、よくわかんねー」 「要するに、全部演技だって話だよ」 「ああ、そっか!…ってマジで!?」 納得の次に驚愕。 その反応に満足げな笑みを浮かべて、藤原は言った。 「あいつらはそれくらいできるよ?でなきゃ親友やってないね」 「…あんた、本当に二人の親友だったんだな…」 「まぁね」 そう見られている自覚、というより自信はあったので、藤原は余裕で答えた。 「…あれが演技かぁ…」 「…っていうのがオレの結論ではあるけど、実際に入れ替わっていた可能性が、ないわけじゃない」 「…え?」 納得しかけていた十代に水を差すように、藤原は続けた。 「今のは「二人が友人だったら」って前提で考えた話だ。この前提では、あの反応はオーバーリアクションになる。だけど―本当に恋人同士だったら、あのリアクションになっても不思議はない」 「…なんだって?」 「ま、隠れてつきあってる相手と思わぬ理由で人前でキスしないといけないってなったら、亮は取り乱すし吹雪は逆にチャンスだと思うかもね。秘密はバレない、でも暗に主張できる。だいたい、キス程度で元にもどれるなら、そもそも何故人格が入れ替わったのか?…普通に考えれば、原因もキスだろうね」 信じられない話ばかりを聞かされて、十代はそろそろリアクションしきれなくなっている。 「これが本当なら、ものすごい話なんだよ?魂が戻るべき肉体を間違うくらいに、あいつらは同じになれるってことだ。これはもう神の領域だよ」 暫く考えてから、分からない部分は分からないままにするということに落ち着いたようで、気を取り直して、十代が言った。 「…なぁ、それでなんで、冗談だって分かるんだ?オレには、どっちもありそうに見えるぜ」 その言葉に、藤原が意味深な笑みを浮かべる。 「お前がそう思うなら、そうかもしれないな」 「…どういうことだ?」 悠然と構える藤原のまとう気配が、一段濃くなった気がした。 「お前こそが、この世界のルールだからさ」 「…オレ?」 「「ヒーロー」って言葉は正確じゃないね。お前は、まさに「主人公」だ。お前が望むと望まざるとに関わらず、この世界から生まれる謎の答えが何になるかは、すべてお前に委ねられている。お前に真偽が分からないのは、それがもうお前に語りえない領域の話になっているということ―答えが不確定な問題だということなのさ」 何を言われているのかさっぱりだと思いながら、それでも十代はごくりと生唾を呑む。 「この世界…物語は既に完結している。だからもう、この世界の誰にも、物語に変更は加えられない。例えその物語が、語り残した部分があるとしても」 いつの間にか、藤原の手には鋭角に光る漆黒の仮面があった。 「これ、知らないだろう?」 「…ああ」 何故そんなことを聞かれるのか分からないという顔で、十代が頷く。 「この世界では、この仮面もまた意味を持ってはいないからね。ルールとして全権を持つはずの主人公にも、知らないことは山ほどある。だけど裏を返せば、お前が知らないことは、この世界で語る意味がないとされたもの、あるいは―語らないことに意味があるとされたものなのさ」 ふっ、と、仮面が宙へと消えた。 同時に、空気が軽くなった気がした。 「…あれ?」 奇妙な空白を感じて、十代は首をかしげる。 目の前の藤原は、最初の面白がるような笑みを浮かべていた。 「…それでなんで、冗談だって分かるんだ?オレには、どっちもありそうに見えるぜ」 「簡単な話だよ。言っただろう?オレもあの二人の親友なんだよ」 「あぁ、そっか!」 やっとわかった、とでも言うような顔で、十代が頷いた。 「さて、最後にひとつだけ、お前、両親のことをどう思ってる?」 「え?…えーと…」 答えかけた十代を、藤原は制する。 「ああ、答えは言わなくていいよ。そこまでの権限は、オレにもお前にもないんだからね」 「え?…うん」 支離滅裂な言動に戸惑いつつ、十代は曖昧に頷く。 「話はこれで終わりだ。レッド寮まで送るよ」 「え?そこまでしてくれなくてもいいぜ」 「お前、結構方向音痴だろ?ここに来たの初めてなのに、一人で帰れるのか?」 「う、そういえば…やっぱり、頼む」 「了解。じゃ、行こうか」 |