ステージ・チェンジ 例の騒動の後、亮と吹雪を残して一足先にデュエル場を出た藤原に気づいて、十代は周りに人がいないのを確認して声をかけた。 「藤原!」 「どうしたんだい?」 「…なぁ、あの二人さ、本当に入れ替わってたのかな。…なんか、そんな気がしねぇんだけど」 その言葉に、藤原がその表情を消した。 「…ここじゃ何だから、ちょっと場所を変えようか」 * * * 連れてこられた十代が目にしたのは、今は廃止されたという特待生寮の姿だった。古ぼけたその建物には、過去の香りが立ち込めている。 アカデミアの中でも外れにあるこの場所は、初めて訪れたはずだった―けれど。 「…オレ、ここに来たの、初めてじゃない気がする…」 呟いた十代に、藤原はあくまで落ち着いた声で言った。 「その通りだよ。お前はもう、何度もここに来てる」 「え…?」 藤原は戸惑う十代に先んじて踏み出すと、振り返って言った。 「ついておいで」 * * * 荒れ果てた特待寮の中を、藤原はいたって淡々と進んでいく。内心微妙におっかなびっくりな十代が、それでも歩みを止めないでいられるのは、ひとえに藤原のお陰だった。何しろ普通ではない建物の中、さらにどう見ても普通ではない場所へと導かれている。今歩いているのは、日のあたらない場所へと降りていく通路。 その果てにたどり着いたのは、ぽっかりと開いた空間だった。 その空間の床には、奇妙な文様が刻まれている。 「ここは…?」 「お前がまだ知らない、もうひとつの始まりの場所」 その中心へと降り立った藤原にならって、十代もその隣に立った。 十代のかすかな緊張とは裏腹に、藤原はいつもの調子で言った。 「お前の言う通り、二人は別に入れ替わってたわけじゃない。あれは二人が仕掛けた、エイプリルフールのイベントだよ」 「やっぱり、そっか」 腑に落ちたという顔で、十代が頷く。 「…だけど、それでなんで、こんなところに来なくちゃいけないんだ?」 不思議なことに、この場所に来ることに意味が無いとは感じていない。けれど、その意味がなんなのかは分からなかった。 そんな十代の真正面に、藤原が向かい合う。 どうしてかそこには、寂しそうな微笑みがあった。 「…お前が二人の演技を見破ったことは、お前がこの世界の虚構を見破った証だからさ」 そう言った藤原の手に、漆黒の仮面が現れる。 反射的に十代は思った―怖い。 「藤原、それ…」 「そう、この仮面の意味が、今のお前には分かる。この世界が隠していた闇の存在に、お前はもう気づいてしまった」 告げられた言葉は、何かが終わることを示唆している。 不安が十代を覆いそうになる。 けれど、それを払拭するように、藤原が笑った。 「デュエルは好きかい?」 「え?あ、ああ」 一瞬脱力して答えた。 「このアカデミアの生活は、楽しかった?」 「うん」 「アカデミアのみんなのことは好き?」 「もちろんだぜ!」 力強く答えた十代に、藤原が曖昧な表情で言った。 「…その中に、オレは入ってる?」 きょとん、としてから、十代は憮然として言った。 「当たり前だろ?あんたのこと、いい奴だと思うぜ」 その言葉に、藤原は優しく笑った。 「…ありがとう」 そう言って、藤原は持っていた仮面を装着した。 真っ白な制服が、漆黒の衣装へと変化する。 「…っ、藤原!?」 あたりを闇が包み始める。 「お別れだよ。本当の運命が、お前を待ってる」 藤原がどんな表情をしているのか、もう十代には知ることはできない。伸ばした手が空しく宙を切る。同じ闇に包まれているはずのに、藤原に一歩も近づけない。 「…なんで…っ嫌だ、行くなよ、藤原!!」 「進むのはお前だ、十代。安心しろ、お前が今の気持ちを忘れなければ、この世界にあったすべてに、それ以上のたくさんのものに出会って行ける。…オレは、その終点で待ってるよ」 「藤原!!」 「さらばだ、十代」 * * * ― ――… 「…はへっ!?」 間抜けな声を出して、十代は目を開けた。 座っているのは、駅のプラットホームにあるベンチ。どうやら居眠りしてしまったらしい。数秒考えて、自分が電車を待っていたことを思い出す。 慌てて時計を見ると、予定の電車は出てしまった後だった。 「ぅげっ、マジかよ!!」 叫んで時刻表を確認すると、どうやら次の電車に乗ればぎりぎりで間に合いそうだ。 「良かった…」 ところがふと息をついたのも束の間。ぴんぽんぱんぽーんというチャイムの後、涼やかな声の放送が流れ出した。 「お客様にお知らせがあります。○番線XX:XX発、童実野町行きの列車は、信号異常のため、到着が遅れております。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください」 「な、なんだってー!?」 思わずそう叫んでしまった。それはもちろん目的の電車で、つまりこの放送は、電車を降りた後の余裕が全くなくなったことを意味する。それでも十代には、その電車を待つしか方法がない。 「くっそー…まぁいいや、何があったって、オレは絶対諦めないからな!!オレのワクワクは、誰にも止められないんだぜ!!」 そう叫んだ十代の瞳にあるのは、未来への確かな信頼。 それを与えた夢の存在を、十代は覚えていないけれど。 「待ってろよーっデュエルアカデミアーー!!」 これから、本当の物語が幕を開ける。 fin. |