「…すまない」
気を失うように眠りについた吹雪の髪をなでて、亮はひとりごちた。 もともと抵抗されていたわけではないにしても、無理矢理に吹雪を犯したも同然だと、苦く自覚する。 最初から、間違っていたのかもしれない。 そんな思いに囚われながらも、自分から手放すことはできそうになかった。 limit→PERFECT 3 明かせるのは君だけ 吹雪が気がついたとき、あたりは既に夜の闇に包まれていた。 意識を失う前のことを一瞬思い出せなくて、体を包む倦怠感にその答えを知る。 普段からは想像もつかないほど、一方的な、手加減なしの交わり。 寝返りを打つと、そこには亮の背中があった。 (…でも、体、拭いてくれてる) 亮の気遣いが消えてないことに気づいて、吹雪は呟く。 「…言わなかったこと、怒った?」 「そうじゃない」 意外にも答えは返ってきた。 「起きてたの?」 「あれだけ好き勝手やって熟睡できる神経はしていない」 そう言えば、最初から怒っているわけではないと言われていたのだったと、やっと思い出す。確かに自分に落ち度はないはずで、それは亮にとっても自明のことなのだろう。 「…ただ、ショックでは、あった」 「言わなかったこと?」 逡巡するような間があってから、亮がこちらを向いた。静かな瞳で、告げる。 「……お前が、女に告白されていることが、だ」 言われた意味は、分かるようで分からなかった。だから黙っていると、亮が続きを語り始める。ばつの悪さを感じるせいか、その目が伏し目がちになる。 「…それが普通なんだと、突きつけられた気がしたんだ。お前は別に、特に男が好きなわけじゃないだろう。オレさえいなければ、そういう普通の恋愛だって、できるはずなんだ」 「…そう、かな」 吹雪のそれは戸惑いの言葉で、けれど亮にはかばわれているように響いた。だからもう一言、亮は付け加える。 「オレは…お前の重荷なんじゃないかと、そう思った。多分な。…その結果がこれだ、情けないな」 自嘲する亮を、吹雪は抱きしめたい衝動に駆られる。 そう自覚すれば、“重荷”などという形容は絶対に間違っていると思えてならなかった。 「…ボクがいなかったら、亮は、こんな風に誰かを…傷つけたり、しなくて済んだのかな」 「……っ」 吹雪の口から出た「傷つけた」という言葉に、亮は息を呑む。 けれど吹雪に、糾弾する色は見当たらなくて。 「ボクがいなかったら、亮は誰かを傷つけて、傷ついたりしなくて済んだのかい?」 「吹雪…?」 「…そんなの、なんだか、寂しいよ」 自分でも探り探り言葉を紡ぐ。そうやって紡がれた言葉はやけに頼りなくて、誰に伝わる以上に自分の中でこだまする。 「キミはいつだって、真面目で、誠実で、それこそパーフェクトだけど。ずっとそれを続けるのは多分、人には無理なんだよ。だったら、キミがパーフェクトじゃなくなるにはどうしたらいいんだい?…それがボクと恋をすることなら、ボクは喜んでキミのことを好きになる」 「…だが、それでは、お前が―」 犠牲になるようなものじゃないのか。そう続けようとした言葉は、吹雪に遮られる。 「―ボクも。キミのことを好きになったりしなければ、多分もっと気楽で、かっこつけて、適当にみんなを盛り上げて…何かつらくても泣き顔なんか誰にも見せないで、がんばるんだと思うよ」 亮が顔を上げると、吹雪の瞳が潤んでいるのが見えた。 「…オレはお前を、振り回してばかりだ」 吹雪は小さく笑った。 「いいんだよ。だってキミ、そんなこと他の誰にもしないじゃないか。だからこそ、キミの前でならボクは泣ける。それじゃ駄目なのかな」 「…分からない」 「ボクも分からないけど」 それは多分、何に照らして正しい正しくないを決めればいいのか、分からないから。 「だが…お前がそれでいいなら、オレは、それでいい」 「それでいいよ。やっぱり今は、好きだとしか思えないから…」 そう言って泣いている吹雪を、亮は抱きしめる。 亮の閉じた瞳にもまた、涙が浮かんでいた。 今この関係が誰かから見て過ちでも間違いでも、自分たちにとってはこれだけが真実だと、そう思えてならなかった。 080527 |
+++ limit→PERFECT 4 もう一人の憂鬱 に続く +++ Image song: ignited―イグナイテッド―/T.M.Revolution …後付ですが、思いっきり内容がかぶっていたので。 |