「…今日の授業って、何があったっけ?」
 朝日が差し込み始めた頃、わりと真剣な顔で吹雪が呟く。
(…動けないほどだるい、んだろうな…)
 結構な後ろめたさを感じつつ亮は答える。
「…テスト系は無かったはずだ。休んでも大丈夫だろう。ノートはオレが取っておくし…。…その、すまなかった」
 謝るタイミングを逃していたせいか、微妙な言い方になる。
 しかしさらに微妙なのは謝られた吹雪のほうだった。もうとっくに―というか、ほとんど最初から怒ってはいない。ただ正直な話、無茶をされている間はさすがに怖かったし、気にしないでというのも違う気がする。どう答えたものか。
 結局ただ、素直に思ったことを口にした。
「…いいよ。ボクのこと一人にして逃げたりしなかったから。許してあげる」
「吹雪…」
 どうしてそこで、微笑めるのか。
 多分自分とは違う強さを持つ吹雪が愛しくて苦しくて、亮はそっと、今度こそ優しい口付けを贈った。

  limit→PERFECT 4
 もう一人の憂鬱

「…あれ、今日、天上院…休みか?」
 朝方の教室で、そう尋ねてきたのは藤原だった。
 亮は一瞬迷ってから、他の人間に聞かれたときと同じ反応を返す。
「…ああ。風邪を引いて熱が出たから、今日は休むと」
「…ふ〜ん?」
 ためらいの間を感じたのか、微妙な表情で藤原がこちらの顔色を窺う。問い詰められたらどう答えたものかと思ったものの、そのときはそれ以上は聞いてこなかった。

 * * *

「…おい、丸藤、授業終わったぞ?」
「…はっ!?」
 藤原の声で気がついたとき―そう、気がついたとき、既に教室に人影はまばらで、亮はようやく自分が居眠りをしていたことに気づいた。
「しまった…」
 今更、自分も眠れていなかったことに思い当る。約束のノートは勿論取れていない。
「お前が寝るなんて珍しいな」
「寝不足だったらしい…。藤原、すまないが、ノートを貸してもらえるか?」
「いいけど…」
 言いにくそうに、藤原が一瞬言葉を切る。他に話を聞いていそうな人間が居ないのを確認して、藤原が言った。
「…天上院の奴、お前の部屋にいたりする?」
「っ…」
 急に核心を突かれて、心臓が止まるかと思った。
「あー…やっぱりそうか」
「…ああ」
 藤原には動揺も、責めるような気配も無い。ここまで来たら一度話しておいたほうがいいんだろうと、亮は腹をくくる。
「…その…。…知っていたのか?」
 何を、という部分を伏せてしまったが、真意は伝わったようだった。
「天上院から聞いてる」
「吹雪が?」
 少し意外だった。自分たちの関係が外に漏れたらマイナスになることのほうが多いだろうと、そういうことを気にしているのはむしろ吹雪のほうだったから。
「うん。なんか、僕になら言ってもいいっていうか…言ったほうがいいとか、思ったらしいよ?」
「そう…か」
 なんとなく、分かるような気がした。高等部入学の自分よりも、中等部から一緒にいる藤原のほうが、吹雪とのつきあいは長い。
 勇気づけるように、藤原は笑った。
「いいんじゃないか?あいつ、あれで結構抱え込むから。お前と一緒にいるようになって、少しその辺力抜けるようになってるみたいだし」
 そこで不意に視線をそらすと、どこか自嘲気味に続ける。
「…僕は、甘えるしかできないから」
 それを見て。
 ほとんど無意識に、亮は藤原の頭を撫でていた。
「…やめろよ恥ずかしい」
 脱力して藤原が言った。
「!…すまない」
 言われて気づいて、亮はその手をどける。
「まぁ、いいけど」
 複雑な表情だった。亮と吹雪の関係を全面的に肯定しているように言ってはいるが、色々思うところもあるのだろう。
 亮は苦笑して言った。
「お前も一緒に来るか?ノートを借りる必要があるのは、オレだけではないからな」
「…うん」

 080531

 +++ limit→PERFECT 5 何もかも護りたい に続く +++

ここで完全に亮吹に開眼しました。

 
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