limit→PERFECT 5
 何もかも護りたい

「…吹雪、起きてるか?」
「起きてるよ。お帰り〜」
 傍から見た分にはもうすっかり回復したらしく、吹雪はソファに優雅に腰掛けてDVDを見ていた。
「…大丈夫か?」
 亮の後ろから顔をのぞかせた藤原に意外そうな顔をしてから、吹雪は笑顔を浮かべる。
「うん、大丈夫だよ」
 それを聞いて藤原はつかつかと歩み寄ると、吹雪の頭を手に持っていたプリントではたいた。
「いたっ」
「嘘つくな。無理して元気そうにしなくていいよ」
 呆れた声でそう言うと、吹雪は困ったような顔で答える。
「いや、別に無理はしてないんだけど…」
「じゃあ無意識なんだろ。まったく…ほら」
 さっき吹雪をはたいたものを差し出す。
「これは?」
「お前の分のノートのコピー。丸藤の奴、午後の授業寝ちゃったんだよ」
「そうなんだ」
「まぁそれも、自業自得なんだろうけど?」
 と言いつつ藤原は亮を見やる。
 あてつけか。と言いそうになった亮だったが、その視線には敵意こそ無いものの実際あてつけのようだったのでやめておいた。その通りと言うしかない。
「…吹雪、昼食べてないだろう。何か食べたいものがあれば買ってくるが」
 話題転換を兼ねて、亮はそう切り出す。
「あ、お願い。えーと…じゃあ、キムチパン」
「いきなりハードだな」
「別に病気じゃないし。好きだし、元気出そうだから」
「わかった。じゃあ藤原、吹雪を頼む」
「え?ああ、わかった」
 微妙に戸惑いつつ、答える。
 亮が出て行くのを見送って、藤原はぽつりと言った。
「お前らやっぱり、長男だよな」
「え?」
「なんか、面倒見慣れてるっていうか」
「あはは、明日香が聞いたら全力で否定しそうだけどね。面倒見てるのはこっちよ!なーんて」
「…そんなことないだろ」
 そう言った藤原の内心は、吹雪には掴めなかった。見えそうで見えない心を感じながら、それでも吹雪は微笑む。
「どうかな。実際そういうところもあるからね。学校じゃボクよりしっかりしてるくらいだし。…まぁ、兄として慕われてる自信も、あるけどね」
「ふーん?」
 曖昧に頷く藤原が、不意に吹雪の肩を押して覆いかぶさる。
「天上院が兄さんだったら、楽しそうだよな」
 面白がるようなその表情に、吹雪は呆れた顔で返す。
「兄さんを押し倒すのかい、キミは」
「ははっ、それもそうだね」
 笑って、藤原は吹雪を解放すると、その隣に腰掛けた。
 起き上がった吹雪も笑う。
「藤原が弟ってのも面白そうだけどね。テストのときなんか頼りになりそう」
「それ面白いとかじゃないだろ。だいたい僕は努力の結果だけど、天上院なんか勉強してる時間から言ったら意味わかんないくらいいい点とるじゃないか。やらないだけだろ」
「キミのそれを努力の一言で片付けるのはどうかと思うよ。それにボクはやってないわけじゃないよ?ただ、やりたいことが多すぎるのは確かかな。溢れる才能が、ボクをひとつところに留まらせてくれないのさ!」
「よく言うよ」
 吹雪といると、藤原はよく笑う。ひとしきり、他愛の無い会話が続いた。
 そうこうしているうちに、部屋のドアが開いた。
「…楽しそうだな」
 帰ってきた亮は、誰に聞かせるでもなくそう呟いた。普段から、吹雪と藤原のテンションが最高潮まで上がってしまうと、亮が口を挟む隙は無くなってしまう。だから亮はそれを見守る側に専念するか、行き過ぎた流れをシャットアウトするかのどちらかだった。
「あ、お帰り〜」
「お帰り。…じゃ、僕はそろそろ帰るよ」
「え、なんで?」
「そもそもノート届けに来ただけだからな」
「もう、つれないな〜」
「お前、丸藤の前でそれ言うか?」
「藤原なら大丈夫だよ」
「…それはどうも」
 今日呆れた顔をしてみせたのは何度目だろう。そんなことを思いながら、藤原は部屋を出て行く。
 亮とすれ違う瞬間に、吹雪に聞こえないように囁く。
「お前も変わったよな。最初よりなんか、柔らかくなった」
「…藤原」
 振り向いただろう亮を省みずに付け足す。
「天上院、大切にしてやってくれよ」
「…ああ」

 * * *

 閉じた扉の前で、藤原はひとりごちる。
「…天上院、吹雪」
 三年前から、ずっと一緒だった。その才気から一線を引かれやすい藤原も、吹雪となら対等でいられた。藤原はそれで初めて、楽になれた気がした。だから吹雪が好きだった。大切にしたかった。
 高等部に進学して、そこに亮が加わっても、二人がつきあい始めた今だって、それに変わりはないのに。
「変われないのは僕だけ…か」

 * * *

「…藤原、大丈夫かな…」
 そう呟いた吹雪に、亮は尋ねる。
「なんて言ってたか、聞かないのか?」
 藤原の様子からして、言いにくいのは確かだが。そんなことを考えた亮をも見透かしたように、吹雪は答える。
「聞かないよ。藤原、聞かせたくなかったんだろうし…。…あー、それとも、それが駄目なのかなぁ」
「それ…?」
「藤原、あんまり自分のことは話さないから、ボクも詮索できなくてさ。一緒にいたら楽しいし藤原も楽しそうだから、それでいいかなって思うんだけど…時々心配になるんだ。…それを、本人には言えないんだけどね」
 なんでかな。
 そう苦笑する吹雪を、亮は抱きしめた。
「…亮?」
(…それを見せてほしいんだろうと、どうしてオレに言える?藤原自身が分かっている。壁を作っているのがどちらなのか。だから吹雪は、壁を感じて戸惑う。壊していいのか分からずに…)
「…心配なのは分かるが」
「うん?」
「オレの前で、他の男の話はするな」
「…そのセリフ、そういう顔で言うもんじゃないと思うよ?」
 誤魔化したつもりだったのに、逆に気遣わしげな顔をさせてしまう。
「…無意識には敵わん」
「わけがわからないよ」
「今はこれで勘弁してくれ」
 ある意味状況に便乗してキスをする。
 まわりにいる誰かを―今は互いを思って、無意識に自分を隠す二人を、同時に救うことは自分にはできない。
 均衡を崩したのは自分。
 これは何の罰ゲームだと、どこにもいない誰かに問い詰めたい気分だった。

 080602

 +++ limit→PERFECT 6 始まりかも知れない に続く +++

 
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