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 アカデミアへようこそ

 そして放課後、約束通り三人でデュエル場へと向かう。
「念のため聞くけど、ちゃんと許可取ってるんだよな?」
「もちろん!宣伝もバッチリさ!」
「…宣伝?」
 呟いた亮が疑問に思うまでもなく、デュエル場に到着すればすべてが分かった。
「キャ〜天上院くーん!!こっち向いて〜!」
 まさしく黄色い声で迎えられて、吹雪は怯むことなく応える。
「ハハハ、今日は来てくれてありがとう!」
 そんな光景はあくまで会場の一部分で、それ以外を見てみれば。
「相手の名前なんだっけ?」
「丸藤…えーと、亮だ亮」
「もちろん天上院くんを応援するわよね!」
「丸藤〜!高等部入学の意地を見せてやれ〜!」
 どうやら大半が一年生らしいが、持ち上がりのブルーどころかイエロー、レッドまで入り乱れ、思い思いのざわめきと野次が飛んでくる。
「…天上院、対戦相手に説明なしでこれか?」
「え?あれ?言ってなかったっけ?」
 きょとん、と聞き返す吹雪。
「言ってないよ」
 吹雪が亮とデュエルの約束をした一部始終に立ち会った―そもそも吹雪の性質を一番良く知っているのが藤原だ。まだ多少立場が弱いだろう亮に代わって吹雪に突っ込むことに、半ば使命感さえ覚えている。
「うわ、ごめん!…えっと、そんなわけで観客つきなんだけど…いいかな?」
 慌てて謝る吹雪に、亮は昼間と同じ調子で答えた。
「構わない」
「悪いな、天上院が迷惑かけて」
「どうしてそこで藤原が謝るのさ!?」
「止められたとしたら僕だけだろ?」
「オレなら大丈夫だ」
 毎度前触れも無く漫才を繰り広げる吹雪と藤原に、その流れを無視するわけでもなく介入できる亮は、ある意味貴重と言える。
「観客がいてもいなくても、やることは変わらない」
 早くもデュエルフィールドへと向かいながら、亮は振り向く。
「全力を尽くすだけだ。そうだろう?」
 そう言って堂々とした笑顔を浮かべる様は、さすがとしか言いようが無い風格だった。
 吹雪がにやりと笑う。
「…そう来なくちゃ!」

 * * *

 フィールドの両端に、吹雪と亮がスタンバイする。
 ちなみに、司会進行は成り行きで藤原が担当することになったのだが。
「はい、じゃあ天上院吹雪ヴァーサス丸藤亮、ライフは4000からスタート。デュエル開始するよ」
「ちょっと藤原!もうちょっとやる気出してよ!」
 一応マイクを持ちつつも、パフォーマンス精神のとぼしい藤原に、吹雪の駄目出しが飛ぶ。
「注文多いな…まぁいいけど。―両者前へ!」
 そんな吹雪にため息をつきつつ、結局つきあってしまえるのが藤原だった。
 二人の間で握手が交わされ、互いのデッキをシャッフルする。
「手加減無用だよ?」
「当然だ」
 ほとんどパフォーマンスのためのやりとりで、双方ともに、そんなことが起こり得るとは思ってもいない。
 位置について、二人がデュエルディスクを構える。
「「デュエル!」」
「先攻はボク!ドロー!…手札から、ジェネティック・ワーウルフを攻撃表示で召喚!」
「これは攻撃力2000の通常モンスター!生贄なしで召喚できるモンスターとしては、かなりハイレベルな攻撃力だよ」
 律儀に藤原が解説を加える。
「カードを二枚伏せて、ターンエンド!」
「オレのターン、ドロー!手札から、サイバー・ドラゴンを特殊召喚!」
「早くも丸藤のキーカードだね!攻撃力は2100。通常は生贄が必要なレベル5だけど…相手の場にモンスターがいて自分の場にモンスターがいないとき、特殊召喚できるのか。強力なカードだな」
 …解説と言うより、単に感想をしゃべっているだけなのかもしれなかった。
「さらに手札から、サイバー・エスパーを攻撃表示で召喚!」
「こっちは攻撃力1200!これまた特殊効果つきの機械族モンスターだ」
「サイバー・ドラゴンで、ジェネティック・ワーウルフを攻撃!エヴォリューション・バースト!」
「焦らないでよ!罠(トラップ)カード発動、攻撃の無力化!」
「どこかで聞いたセリフだなぁ、それ」
 楽しげに闘う吹雪に、藤原はマイペースで突っ込みを入れる。少々フリーダムな解説と言えなくもないせいか、会場は意外と盛り上がっていた。
「カードを二枚伏せて、ターンエンド」
「ボクのターン!ドロー!」
「サイバー・エスパーの効果発動!このカードが表側攻撃表示のとき、相手のドローカードを確認できる」
「いいだろう」
 亮の言葉に答えて、吹雪はむしろ見せ付けるようにそのカードを裏返した。
「ボクの引いたカードは―黒竜の雛!」
 その態度を見れば、次に何が起こるのかは一目瞭然だ。
「黒竜の雛を、攻撃表示で召喚!そして黒竜の雛の効果発動、黒竜の雛を生贄に捧げ、手札から、真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)を、攻撃表示で特殊召喚!」
 漆黒の翼と真紅の瞳。
 吹雪の元へと舞い折りたドラゴンは、ソリッド・ビジョンでありながら、まるで脈動するかのような生命感に溢れていた。
「…本物は初めて見る」
 そう呟いた亮に、吹雪は得意気に言う。
「これがボクのエースカード!入試デュエルのお礼さ!レッドアイズ!サイバー・ドラゴンに攻撃!ダーク・メガ・フレア!」
「…罠(トラップ)カード発動!アタック・リフレクター・ユニット!フィールド上のサイバー・ドラゴンを生贄に捧げ、デッキから、サイバー・バリア・ドラゴンを、守備表示で特殊召喚!」
「おっと!丸藤はこれも凌いじゃったね、守備力は2800!レッドアイズでは破壊できないぞ」
「やるね…それじゃ、攻撃対象変更!レッドアイズで、サイバー・エスパーを攻撃!」
「くっ…」
 ダーク・メガ・フレアで、サイバー・エスパーが破壊され、亮のライフが1200削られる。
「カードを一枚伏せて、ターンエンド!」
「オレのターン、ドロー!」
 ドローカードを確認した亮が、ふっと微笑んで言った。
「やっぱり、あのデュエルを見ていたんだな」
「あれ、気づいてたんだ?」
 かなり遠目から見ていたので、吹雪には少々意外だった。
「ああ」
 どこか満足そうに、亮は頷く。
「だがそれなら、これはまだ見ていないだろう?手札から、融合を発動!手札のサイバー・ドラゴン二体を墓地へ送り、サイバー・ツイン・ドラゴンを、攻撃表示で召喚!」
「すごいね!まだバリエーションがあるのかい!?」
「お〜い、どっちが主催者だよ」
 観客よろしくはしゃぐ吹雪に、藤原がマイクで突っ込む。
「ま、気持ちは分かるけどね。攻撃力は2800!さらに二回攻撃のおまけつきだよ」
「サイバー・バリア・ドラゴンを、攻撃表示に変更!サイバー・ツイン・ドラゴンで、ジェネティック・ワーウルフと、真紅眼の黒竜を攻撃!エヴォリューション・ツイン・バースト!」
 一気に二体を破壊され、吹雪の場はがら空きになる。ライフは2800へとダウンした。
「サイバー・バリア・ドラゴンで、プレイヤーにダイレクトアタック!エヴォリューション・バリア・ショット!」
「そうは行かないよ!トラップ発動、正統なる血統!蘇れ、レッドアイズ!」
 真紅眼の黒竜が、攻撃表示で墓地から特殊召喚される。
 攻撃力の高いモンスターが立ちふさがったことで、サイバー・バリア・ドラゴンの攻撃は通らなくなった。
「ボクとレッドアイズの絆は、そう簡単には断ち切れないよ?」
「正統なる血統は、通常モンスター限定の蘇生カード!…なーるほど、天上院のデッキはそういう狙いみたいだね」
「こらそこ、勝手に種明かししない!」
「むしろ率先して種明かししてる気がするけど、二人とも」
 藤原の言う通り、このデュエルはどちらかというと、手の内を見せるのが礼儀と化している。
「ターンエンド」
 余裕は崩さないまま、亮が宣言する。
「ボクのターン!ドロー!」
 そんな亮に負けじと、吹雪も笑みを浮かべる。
「レッドアイズではサイバー・ツイン・ドラゴンは倒せないけど…こういうのもあるんだよね!羽ばたけ、レッドアイズ!魔法(マジック)カード発動、黒炎弾(こくえんだん)!」
「黒炎弾は、このターンの真紅眼の黒竜一体の攻撃を封じて、相手ライフにその攻撃力分のダメージを与えるカードだ!モンスターが破壊できなくても、相手にダメージを与えることができるぞ」
「罠カード発動、ダメージ・ポラリライザー!ライフダメージを与える効果を無効にし、互いのプレイヤーはカードを一枚ドローする!」
 ダメージを与えることはできなかったが、効果でドローしたカードに、吹雪がにやりと笑う。
「…これは、デュエルの女神が味方してくれてるかな?魔法カード、団結の力を、真紅眼の黒竜に装備!」
「団結の力は、自分の場のモンスターの数×800ポイント、装備モンスターの攻撃力と守備力を上げる強力なカードだ!」
「これでレッドアイズの攻撃力は3200。キミのサイバー・ツイン・ドラゴンも倒せるようになったけど…このターンは攻撃できないからね。カードを一枚伏せて、ターンエンド!」
「両者ライフは2800!だけど一撃でトドメを刺せるモンスターが勢ぞろいだ。さぁ、クライマックスが近づいてきたよ!」
「オレのターン、ドロー!…手札から、強欲な壺を発動!カードを二枚ドロー!」
「亮!」
 広々とした場内に、吹雪の声が響き渡る。
「せっかくだから、ここでキミのエースが見たいっていうのは…無茶な注文かな?」
 場合によっては挑発とも取れるセリフを、しかし吹雪はほとんど好奇心で口にした。
 だからこそ亮は、その期待に応えるように笑う。
「手札から、パワー・ボンド発動!さらに魔法カード、サイバネティック・フュージョン・サポート!ライフを半分払うことで、このカードを機械族融合モンスターの素材代替にすることができる!」
 ライフを犠牲にするカードの連発。それが亮の全力であり、本気の出し方なのかもしれなかった。
「―サイバー・エンド・ドラゴン、召喚!」
 降臨するドラゴンは、三つ首を具(そな)えた、勇壮なる機械龍。
「…ほんと、すごいよね」
 吹雪でなくても、これはもう素直に圧巻と言うしかないだろう。
 それはその場にいる全員が共有している感覚だった。
「サイバー・エンド・ドラゴンで、真紅眼の黒竜を攻撃!エターナル・エヴォリューション・バースト!!」
 パワー・ボンドによって召喚されたサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力は8000。この攻撃が通ってしまえば、吹雪は一瞬にして敗北する。
「速攻魔法発動!スケープ・ゴート!」
 吹雪の場に、四体の羊トークンが召喚される。団結の力を装備したレッドアイズの攻撃力は、これで6400、吹雪の受けるダメージは1600にまで軽減されるが―
「―手札から、速攻魔法発動!リミッター解除!」
 リミッター解除は、自分の場の機械族モンスターの攻撃力を二倍にするカード。サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力は、実に五桁の16000にまでアップする。
「〜〜っ罠(トラップ)カード発動!」
 微妙に迷ったような間の後で、吹雪は伏せカードをオープンする。
「破壊輪(はかいりん)!真紅眼の黒竜を破壊して―互いのプレイヤーは、その攻撃力分のダメージを受ける!」
「―っ!」
 真紅眼の黒竜が破壊され、フィールドに爆風が吹き荒れる。
 吹雪と亮のライフが、同時にゼロをカウントした。
「………」
 息つく間もない展開の果てに、会場はしんと静まり返る。
 多分レッドアイズを犠牲にしたせいだろう、どことなく落ち込んでいる吹雪に苦笑して、藤原はマイクを握った。
「…最高のデュエルを見せてくれた二人に、盛大な拍手を!」
 その言葉に弾かれたように、観客が一斉に手を叩き始める。
 多分それぞれに抱えていたであろう多少の思惑は、ほとんど消え去っていたようだった。
 吹雪は、その音に支えられるように立ち上がると、リアクションを取りかねている亮の元へと歩いていく。
 右手を差し出してこう言った。
「ありがとう!すごく楽しかった」
 その笑顔に、亮もまた笑った。
「ああ、オレもだ」
 二人が握手を交わすと、また一段と拍手が大きくなる。
 藤原は二人へと近づくと、持っていたマイクを吹雪へと差し出した。
「はい。主催者さんから、最後に何か一言ないの?」
「ありがとう!」
 そのマイクを受け取ると、吹雪は観客に向かって呼びかけた。
「今日来てくれたみんな!」
 その言葉を聞くために、ざわめきが落ち着く。
 最高と言える呼吸で、吹雪は語りだす。
「それぞれ違う道を歩んできたボクたちだけど、競い合ったり、力を合わせたり、どんな形であろうと、今日からは共に闘う仲間だ。高等部から入学した人たちへ、一足先にこのアカデミアで過ごしてきたボク達が贈るよ。ボク達のすべてを受け止めてくれる素敵な場所、デュエル・アカデミアへようこそ!」
 本日最大、割れんばかりの拍手が捲き起こった。
 多分に芝居がかったその口上も、今の会場のテンションには似合いと言えた。
 吹雪自身、その雰囲気に後押しされていた部分もあるのだろう。
 
 * * *

 観客に手を振る吹雪の後ろで、もう二人の中心人物がこっそりと会話していた。
「…一応、険悪な類(たぐい)の歓迎も覚悟はしていたんだが…」
「あぁ、やっぱり考えるよな」
 傍(はた)から見て微妙なポジションになることは、亮にも自覚があったらしい。
「薄々気づいてはいたんだが…。…二人の、中等部時代の順位を聞いてもいいだろうか」
「鋭いね。そ、天上院が二位で、ボクが一位。見ての通り、知名度…っていうか、人気?だと、天上院のほうが上だけど。まぁ、デモンストレーションには丁度いい結果だろうね」
 亮にこそあえて言ってはいなかったが、吹雪の順位は持ち上がり組なら誰でも知っているし、高等部入学組も、デュエルを見ればその強さくらいは分かるだろう。それが引き分けたとなれば亮の実力も証明され、一位との頂上決戦ではないことで持ち上がり組の面目も保たれる。双方の軋轢(あつれき)を緩和させる意味では、最も順当と言えるかもしれない。
「吹雪は、最初からこのつもりだったのか?」
「さぁ…そこまで考えてないんじゃないかな。あいつ結構本能で突っ走ってるところあるし。基本的には、丸藤と闘ってみたかったってだけだと思うよ」
 そこで藤原は意味深に笑う。
「あとは、単純に嫌なんだろ。人が集まる場所で、ぎすぎすした空気が流れるのが」
「…嫌、か」
 なんとも主観的な単語だった。けれどだからこそ、すんなりと理解できる気がした。
「…その辺、実は結構気にしないだろ、丸藤?」
 からかうような目線で聞いてくる藤原に、亮はばつが悪そうに視線を逸らしてこう答えた。
「…空気がいいに越したことは無いとは、思うが」
 それはつまり、たとえ謂れのない誹謗中傷の的にされたとしても、気にせず放っておけるだけの豪胆さがあるということだ。
「いい性格してるよ」
 そう言って藤原は笑った。
「だが…まぁ、嬉しかった」
 温かく歓迎されたことがなのか、はたまた別に思うところがあるのかは、藤原はこの際突っ込まないことにした。突っ込んで茶化すには、あまりに穏やかな笑顔だったのだ。
「こんなのに巻き込まれて嬉しいなんて、相当変わってるな、お前も」
 だから代わりに、そんな感想でその場を締めくくった。
 お前も、という言葉に言外に込められた意味は、多分言わずと知れるだろう。
 三人の高校生活が、始まる。

 080629

 +++ limit→PERFECT 9 友達のフォトグラフ 前編 に続く +++

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