limit→PERFECT 12
 回転は止まらない

「…驚いた」
 初めてのキスのあと、亮の肩へと体重を預けて、吹雪はそう言った。
「何にだ?」
「…色々…全部?」
 初めて見る、甘えるようなその仕草に、亮は途方もなく魅せられていた。それも驚かれることのひとつだろうかと思いながら、亮は答える。
「オレも驚いたぞ?」
「何に?」
「…色々全部」
「それ、ボクが言ったのそのままじゃないか」
 どちらからともなくぷっと吹き出して、ひとしきり笑った。
「少し、話そうか」
 吹雪は亮の手をとると、ソファへと誘った。
 はにかむように柔らかな微笑みは、いつもとは違う笑顔。
 手をつないだまま隣同士に座って、顔を見合わせた。
「…キミがボクを好きだって言ってくれるなんて、思わなかった」
 色々全部とは言ったものの、結局はお互いこの一言に尽きるのだろうと亮も思った。
「オレも驚いた。吹雪がそんな風に思っていたとは…考えた事も無かったから」
「どういう意味?」
 そう聞き返す吹雪は、多分考えてみたこと自体はあるのだろう。微妙に言いにくさを感じながら、亮は続ける。
「その、…正直に言っていいか?」
「嘘言われたほうが困るよ」
 茶化すように笑われて、そんな笑顔にいつもほっとしていると改めて思う。
「お前の事が好きだと…そう自覚したのは、ついさっきなんだ」
「え…」
「いや、つまり…自分が吹雪を好きかどうか自体、考えたことがなかっただけで。好きだと言われて考えてみたら、すんなり好きだと思ったから、さっきは思った通りに言ったんだが。…今改めて考えてみたら、ほとんど最初から好きだったな」
「最初…って、いつ?」
「入学試験のときか」
「…でも、あのときはボク、デュエルを見ていただけだよ?」
「そうだな」
 言われた通りだと、亮も思う。
「だが、あのとき拍手をしてくれたのはお前だろう?」
「うん。それは…だって、ほんとにすごいと思ったし、見てて楽しかったんだよ」
「遠目からでも、それは分かったんだ。なんの裏もない賞賛が、素直に嬉しかったんだろうな。単純に、近づきたいと思った。知りたかったんだ、そんな風にオレのデュエルを受け止めてくれたお前は、どんなデュエルをするんだろうと。だから入学初日に話しかけられたときは、これでも舞い上がっていたんだぞ?」
「…全然分からなかったよ、そんなの」
 呆れた顔で吹雪がそう言った。亮はあまり自覚がないが、彼は弱点めいた感情を隠すことに関して異常なまでに長けている。逆を言えば、そういう感情を出すことに慣れていないのかもしれないが。
 若干気づき始めているせいか、亮は苦笑するだけだった。
「まぁ、そういうわけだ」
 傍(はた)から見ればどこまでも余裕な顔で、亮は吹雪へと微笑みかける。
「…それじゃボクは、自覚もないキミに翻弄(ほんろう)されてたってことかい」
 吹雪は口を尖らせる。微妙な上目遣いまで加わっているから、引き寄せられることこの上ない。何も気にしないで顔を近づけたら、こつりと額が触れあった。
「翻弄されていたのか?」
 亮はからかうように笑った。目の前の吹雪が今までに知らない顔をしているように、今の自分は自分でも知らない自分だった。
 そんな亮に吹雪も戸惑うのか、真っ赤な顔で亮をにらんでくる。
「〜〜っされてたよ!油断したらキミのことばかり気になるし、キミのことばかり考えてた。なんでこんなに気になるのか分からなくて、自分で自分が何考えてるのか分からなくなって。…こんなの初めてだよ」
 そんな自分が相当悔しいのか、吹雪は怒ったような表情のままだ。
「知ってる?亮。ボク、これでも初恋だったりするんだよね」
「…は?」
 内心驚きっぱなしの今日の中でも一番の驚きだった事実に、亮は耳を疑った。その表情に予想外を嗅ぎ取ったのか、吹雪が続ける。
「人の恋路には首突っ込んでたけど、自分では初めてなんだよ。なんていうか…憧ればかり先行してて、誰にも本気になれなくて。まさかこんなところで本気になるなんて、ボクだって予想外さ」
 むすっとした顔で言い募ってから、少しだけ不安げな顔で吹雪は言った。
「キミは?…なんて、聞かないほうがいいのかい?」
「安心しろ、オレも初めてだ」
 これは正真正銘の本音だった。そもそも恋愛というものについて考えたことがなかったのだから、仕方ないと言うべきか。
「…ここまで余裕な顔されたら、疑いたくもなるんだけど」
「別に嘘は言っていないぞ?それに―」
 亮はそこで言葉を切ると、吹雪を抱きしめてキスをした。
 触れただけの最初のキスとは違う、もっと深くまで求めるキス。いつの間にこんなことを覚えたのかと、自分でも呆れる。
 今までの言動からすれば絶対に驚いているだろうに、吹雪は決して抗わない。それどころか応えようとさえしてくるから、ますますその先を欲してしまう。
 ようやく唇を解放しても、赤く染まった吹雪の顔を直視したら際限なく求めてしまいそうで、まともに見ないまま抱きしめて言った。
「―別に、余裕なわけでもないんだ。さっきも言っただろう?思った通りに言ったと。何も考えていないだけだ。…もう今は、吹雪以外見えないから」
 何も言えずに、ただぎゅっとしがみついてくる吹雪に、これ以上は酷かもしれない。そんな思いも頭を掠めるのに、湧き上がる情動が抑えられない。
「…だからもう、自分では止まれない。このまま離したくない。それだけじゃない、吹雪、お前を―抱きたくてたまらない」
 腕の中で、吹雪が震えたのが分かった。
 鼓動が高鳴る。
 多分、実際以上に長く感じる沈黙の後。
 吹雪は震える声で、けれど確かにこう言った。
「…いい、よ」
 ―その瞬間、なけなしの理性も飛んだ。

 080728

 +++ limit→PERFECT 13 増幅された歪(ひず)み に続く +++

長ったらしくなりそうだからカットしたネタ、この亮は入学時、正確には「ブルーとイエローどっちがいい?」と聞かれた上で、吹雪と藤原がブルーだったの思い出してブルーを自分で選びました。周りから中傷される危険も覚悟で(笑)

 
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