「亮と…つきあうことになったんだ」
「…そっか」 「驚かないの?」 「別に。こうなるんじゃないかって気はしてたよ。ひょっとしたら天上院以上に?」 誰よりも近くで吹雪を見ていた。だから知っていた。初めて会ったときから不自然なくらい動揺していたことも、今までに見たことがないほど夢中な瞳で亮を見ていることも。吹雪自身が恋心を否定していたときから、藤原は全てを知っていた。 亮の態度こそ読み切れなかったけれど、結局は予想の範囲内でしかない。 ― そうやって予想して、ある程度覚悟はしていたはずだった。 けれどそんな半端なシミュレーションは、全く役には立たなかった。 limit→PERFECT 13 増幅された 「丸藤、天上院…」 壁に貼った写真が増える度に、少しは気持ちが落ち着く気がしていた。 けれど今回ばかりは、貼ったほうが動揺が増えている気がした。 三人で撮った写真は、生まれてから多分二枚目。それもひょっとしたら影響しているのかもしれない。 一枚目の写真は、微笑む両親の前で、泣いている小さな自分。どうして泣いていたのかさえ、もう思い出せない。両親が共に逝ったあのとき、藤原は両親の記憶を失った。残されていたのは、一枚の写真と―オネストのカード。 精霊として姿を現したオネストは、失くした記憶を埋めるように、藤原に両親と藤原の思い出を語り聞かせた。それは空白を紛らわせはしたけれど、どうにも実感は得られなかった。 「二人はマスターのことを、本当に愛しておられたのですよ」 「それならどうして、僕を置いていったんだ…!」 そんな風にしか言えなかった。オネストは悲しげに藤原を抱きしめた。自分の記憶の中にいない両親、思い出せない両親。忘れたのは自分のほうだと理解しながら、忘れられたとしか思えなかった。 一人ぼっちになったあの瞬間、すべてに忘れられたと感じたあの瞬間の痛みは、今だに藤原を縛り続けている。 分かっている、彼らは両親とは違う。自分だってあの時とは違う。彼らは自分のことを忘れたりしない。自分も彼らを忘れたりしない。 頭では、分かっているのに。 「忘れたくない…忘れないでくれ…!」 孤独感ばかりが、心に膨らんでいた。 * * * 藤原は一心不乱に、部屋の床に魔法陣を描いていた。 『このこと、みんなには言わないでね?』 『別に言わないけど、なんで僕には言ったんだよ』 『藤原は多分、言っても大丈夫だと思ったし。…言わないといけない気もしたんだ』 『なんだよそれ』 『一番の友達だからね』 藤原には、吹雪が謝罪しているように聞こえた。 吹雪が謝る必要などどこにもないのに。 そうさせているのは自分の弱さだと、気づかないほど鈍くはなかった。 寂しさに囚われるのはもうたくさんだった。 強くなりたかった。 誰にも言えない心の傷。 一番仲の良い吹雪でさえ、名前で呼べない自分。呼ばせない自分。誰も信じられなくて、勝手に独りで泣いている自分。そんな自分が嫌いだった。 「…ッ」 唇の端が切れて、一滴の血が床へと落ちた。 闇が湧き上がる。 その瞬間。 ―すべてが、反転した。 「マスター…!?」 逃げるように描き殴っていた魔法陣が、突然何倍もの引力で藤原を引き付ける。そうだ、これこそが求めていた力だったんだ。 信じられないなら、信じなければいい。 失くすのが怖いなら、最初から手に入れなければいい。 「どうせみんな、僕のことを忘れるだろう…」 そう、いつかはこの世からいなくなる。 存在が消えたとき、記憶も共に消える。 こんな泡沫(うたかた)にすがっているから、いつでも人は満たされない。 「だったら…」 闇は闇のまま。逆転した価値だけが、藤原を支えていた。 080728 |
+++ limit→PERFECT 14 大好きな友達へ に続く +++ 微妙な感じですが回想編終了です。***に入るのが1〜5話だと思ってください(微妙すぎる) ちょこちょこセリフ間違ってるかも…(滝汗) 176話の「忘れたくない…忘れないでくれ」を言わせようとしたら、藤原の過去がやっつけで捏造されてしまいました。忘れないではともかく「忘れたくない」はどこから来たんだ?って思って、超安直にこうなった。忘れたからこそ、忘れられたって思ったのかもしれないと。 |