亮が動けるようになったのは、藤原の姿が完全に見えなくなってからだった。
 一刻の猶予も無いことは本能で分かっているのに、藤原の拒絶が呪縛のように亮を縛っていた。
「…ッ」
 弾かれたように、亮は走り出す。
(伝言だと…?構うなと言うなら、自分で言え…っ)

  limit→PERFECT 15
 君に捧げる心

「吹雪!」
 ノックをする間も惜しんでノブを回すと、吹雪の部屋に鍵はかかっていなかった。
 血相を変えて飛び込んできた亮に、吹雪も顔色を変える。
「亮!?どうしたんだい、一体」
「すまない。藤原に呼び出されて…デュエルしていたんだ」
「藤原に会っていたのか」
 藤原の名前以外に、事態の深刻さに説明がいらない。それくらいとっくに切羽詰っていたのだと、今更気づいても後の祭りだ。
「詳しく話す暇はない。あいつからお前に伝言を頼まれた。『例の研究が完成した』と」
「…っまさか…」
「心当たりは、あるんだな」
「…ある」
「なら今すぐ行ってくれ。…オレではもう、あいつを止められない」
「…亮」
 多分自分が亮だったら、泣いていただろうと吹雪は思う。それくらい彼も参っていた。けれどここで慰めることはできない。なんの慰めにもならない―藤原を止めないことには。
「わかった、伝言ありがとう」
 それ以上は亮を省みずに、吹雪は走り出した。
 
 * * *
 
 例の研究。
 それは、藤原がずっと追いかけていた、デュエルにおいて強大な力を得るための呪術的な儀式。その力の代償は、決して小さなものではない。藤原はそれを、実行するために研究しているわけではないはずだった。
『こうまでして、力を手に入れようとした人たちがいたんだな』
 そう言っていた藤原には、まだ一線を引いている気配があった。デュエルへの傾倒ぶりへの共感と、ここではないどこかの世界を忌避する感覚が、ちゃんと揃っていた。
 だが今、この状況でわざわざ伝言されたとなると―
(あんな儀式、できるところはひとつしかない)
 今は、特別授業にしか使われていない旧特待生寮。そこに闇のゲームにまつわる儀式を執り行える地下室があることは、特待生の中でも、さらに一握りだけが知っている事実だった。
(間に合ってくれ…!)
 
 * * *
 
 やっとたどり着いた目的の場所に、確かに藤原はいた。けれど―
「…っ何をやっているんだ!」
「吹雪」
 ― その顔にはもう、異様な雰囲気を放つ闇の仮面が貼り付いていた。
 仮面に覆われたそれは、藤原であって藤原でない者の顔。今の彼が、既に向こう側へと一歩踏み出している証のようだった。
(どうして、こんなときなんだ。初めて名前を呼ばれたのが)
「俺はやっと見つけたんだよ…究極の力、ダークネスを!」
「やめろ!キミの研究が本当なら、その力を手に入れるためには…!」
「俺の魂を捧げなければならない。だが、それでもいい。俺は手に入れたいんだ、人を超えた力を…!」
 そんな言葉を、本当に聞くことになるとは思わなかった。
 信じられない思いで見つめる吹雪の瞳に、引きちぎられた制服の袖から覗く、紅い液体が映った。
「何を、しているんだ…」
「永遠の命と、力を」
「やめろ!!」
 その液体―藤原の血液が、魔法陣の中心へと滴り落ちる。
 闇が、巻き起こる。
「くっ…」
 
 * * *
 
 吹雪が目を開けると、そこは天地さえも定かでない暗闇の中だった。
「ここは…」
「ダークネスの入り口」
 境界線のように浮かぶ仮面の向こうで、藤原が答えた。
「吹雪、お前を巻き込んですまない。俺はダークネスと一体となる」
 藤原は微笑んでいた。今までにみたことがないほど、綺麗な笑顔で。
「行くな、藤原!」
 それが“未練のない”顔だと、分からないわけがない。
 吹雪が叫んでも、藤原の心は揺らぎはしなかった。
「それはお前にやるよ」
 藤原の魂が捧げられた、ダークネスの仮面。
 言われるままに、吹雪は手に取った。
「俺には、もう必要の無いものだ…。さらばだ、吹雪」
 遠ざかってゆく藤原を、どうすることもできなかった。

 * * *
 
 結局最後まで巻き込んですまない。
 だけどもういいんだ。
 ダークネスと一体となって、僕は僕でなくなって、僕はお前を忘れる。
 お前はもう、僕を忘れる。
 僕はもう独りでも怖くない。
 
 もう、自由になってよ。
 
 080729
 080731(微修正)

 +++ limit→PERFECT 16 これが僕達の愛 に続く +++

藤原に関しては、最後の一言がやりたかったんだ…。
次回、超展開です。

 
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