キミにとって世界が優しければいい。
例えばボクがキミの代わりに痛みを背負えるなら、ボクはどれだけ泣いたって構わないんだ。 limit→PERFECT 16 これが僕達の愛 どうして自分がここにいるのか分からなかった。 気がつけば手にしていた仮面の意味も。 ただ心に穴が空いたような空虚さを感じて、吹雪は一人立ち尽くした。 * * * いつの間にか降り出した雨に、亮は胸騒ぎを覚えた。 何かを失った感触と、もうひとつ。 失ったものが何なのか分からなくて、それなのに、それをきっかけに誰かが自分を呼んでいるような気がして、当てもなく歩き出す。 そして見つけたのは― 「…吹雪!?」 「…亮」 ―吹雪が、ずぶ濡れで佇んでいる姿だった。 「どうしてこんなところで…」 慌てて傘を差し出した亮の言葉に、無表情だった顔が苦しげに歪む。 「…っ、分からない…」 吹雪はそう呻(うめ)くと、前髪をかきむしるように額を押さえる。 こんな風に憔悴(しょうすい)しているところは見たことがない。 「…とにかく、中に入ろう。歩けるか?」 「うん…」 半ば茫然自失状態の吹雪の返事は酷く頼りなくて、自然その手を取って亮は歩き出した。 * * * 吹雪の部屋に着く頃には、吹雪の意識もいくらかは回復してきたようだった。 風邪を引かないようにシャワーを浴びたほうがいいと言えば、それを実行できるくらいには。 ただ疲労感は消えないようで、ベッドに倒れこむとすぐに深い眠りへと落ちた吹雪を、とても一人にはしておけずに、亮もシャワーを借りてから、その隣に横になった。 (…何があったんだ) その答えを、吹雪もまた知らないのだろうということは予想がついた。 それは吹雪の、「どうしてここにいるのか分からない」という言葉が、自分の失った何かと通じていると直感したからだ。 どうしていいのか分からずに、亮もまた浅い眠りへと身を任せた。 * * * 「……あす…か…」 呟かれた声に、亮の意識が覚醒する。 「…吹雪…?」 「あ、ごめん、起こした…?」 「いや、別に…」 むしろ眠ることよりも吹雪の傍にいることのほうが先決だったので、吹雪が起きているなら起きていたいくらいだった。 そんな気配を察したのか、躊躇(ためら)うような沈黙の後で、吹雪がぽつりと尋ねる。 「…昔話を、してもいいかな」 「…ああ」 言葉と言葉の間に、心が深呼吸するように静かな空間ができる。 それだけ、吹雪にとって話しにくいことのようだった。 「夢を、見たんだ」 「…夢?」 「夢だけど、夢じゃない…。忘れていた記憶、っていうのかな…とにかくそれは、ボクの記憶なんだ。忘れたかった、思い出…」 忘れたかった。 その言葉がひどく、重く聞こえた。 「…ボクの両親、仕事忙しくて、あんまり家にいなくてね。いつも明日香と二人きりだった。良すぎなくらい仲は良かったよ。だから寂しいなんて、思ったこともなかった。…でも、なんでだろう、だからこそ近すぎて、距離が分からなくなったのかな…」 前触れのような、長い、長い沈黙。 破られるときを待つような、静寂。 次が本題だと、無音の闇が告げる。 「…ボクさ、初めて欲情した相手、明日香だったんだ」 「………」 驚きは表に出なかった。吹雪の痛みを感じすぎて、息が止まりそうだった。 「そういう自分がすごく、怖くて、気持ち悪かった。その思い出自体、封印してしまうくらいに。でも…やっぱり、消したり、できないんだろうね。キミに抱きたいって言われたとき、それでいいやって思ったのは、多分、そのせいなんだ。明日香を抱きたいって…違うな、壊したいって思った自分が嫌いだったから、自分は男じゃなくていいって、思ったんだと思う。…結局は、キミと同じなんだって…男だって、思い知ってばかりなんだけど」 うまくいかないね。 淡々と語る吹雪が、自分自身にさえ隠していた傷。それは今まで見てきた吹雪を、正しくつなぎあわせるものだった。 「…今は、明日香は大事な妹だって、ちゃんと言えるよ。ううん、あのときも言えたんだ。だけど、そう感じていない自分もいたから、明日香から逃げるみたいに全寮制のアカデミアに入って…いつの間にかそんなこと忘れて。キミを好きになって、辛いって思うこともあるけど、でもやっぱり、キミじゃなきゃ駄目だったんだって、思う。その辛さが多分、必要だったんだ」 浮遊してしまった自分の性を、それでつなぎとめられるなら。 どこか自虐的に語る吹雪に、亮はこう言った。 「…オレを抱いてみるか?」 「……え?」 どうも亮の言葉は、常に吹雪の予想外から飛んでくる。 「どちらかと言えば抱きたいと思ったのは本当だが。正直別に、どちらでもいいんだ。大体、男と男や女と女なら抱くか抱かれるかという話になるのに、男と女だと自動的に抱く抱かれるが決まるというのは、不公平だと思うんだが。と言うより、関係ないだろう。男がしていることがイコール抱くことというのは、男の思い上がりのような気がしてならん」 言葉の綾に取り紛れて、奇妙に混乱した字面が並ぶ。 それはそのまま、亮の持っていた戸惑いでもあるのかもしれなかった。 「お前を抱いて、オレはお前を壊したのかもしれない。だがもしそうなら、その前にオレだって壊れたんだ。お前が明日香を抱きたいと思ったときに、傷ついたように。…生憎とオレは、傷つく程優しくはなれなかったがな」 小さな苦笑が零れる。 亮はそっと片手を差し出すと、吹雪の頭を撫でた。 「お前は明日香を、守ったんだろう。だからそんな風に、自分を責める必要は無い。抱かれるのが辛いなら、抱かれなくてもいいんだ。吹雪が一番楽になれるやり方で、オレに応えてくれればいい」 「……亮…っ」 吹雪の瞳から、涙が溢れる。 号泣と言っていいその涙の狭間で、吹雪は縋るように亮に言った。 「ボクは…っ、明日香を守ったって、そう言って…いいの?」 「ああ」 「おかしくなんかないって、間違ってなんか、ないって…っ」 「間違ってなんかない」 溜め込んでいた涙を、すべて吐き出すように泣き続ける吹雪を、亮はただ強く、抱きしめた。 今までに見ていたそれが片鱗に過ぎなかったことを、そのとき思い知った。 * * * ―どれくらい経ったときだろう。 亮の腕の中で、吹雪がそっと囁いた。 「…友達が、いたんだ」 それは何かを、探すように。 「何もできなくても、例えば見守るしかできなくても、ただそばにいて大切にしたいって、そういう気持ちを、教えてくれた友達…」 「…ああ、オレも多分…知ってる」 思い出せない、忘れた記憶。 「誰、だったんだろう…」 その呟きは、二人の意識と一緒に、闇へと溶けていった。 080612 |
+++ limit→PERFECT 17 二人だけの平穏 に続く +++ …なんかもう、ごめんなさい。 まさかの吹雪→明日香(?)。一応、この設定は1〜3話であれだけ泣いてるのになんで吹雪は亮が好きなんだって自問自答と5話の藤原が吹雪の弟だったら云々がきっかけだったりとかします。 天上院兄妹がまともに両親とコミュニケーションとって育ってるように見えません。両親からの親愛がどうにも足りなかった(←自覚してないけど)吹雪さんは親愛に恋愛がズレこんでこうなったみたいなイメージ。そのズレの帳尻あわせに藤原には親愛と友愛、亮には友愛と恋愛、みたいな。明日香は吹雪が父代わりをしてくれたので軽症です。 藤原のことは二人ともに忘れてもらいました。それが前回・前々回の藤原の願いだから。ダークネスと同化したらその人に関する記憶は消えるってことで。藤原の生み出した仮面があるから記録上だけ残ってるという無理やり設定。 |