話は少し前に遡る。

 もともと普通の中学に通っていた明日香が、三年生からデュエル・アカデミアに編入していたことを吹雪が知ったのは、記憶を取り戻した夜に、医務室泊り込んだ明日香本人から聞いたときだった。
 それが自分を探すためだったと聞いて、吹雪は少々驚いた。
 そしてこう言ったのだ。
「ありがとう、明日香。…でもそれなら、普通の女の子に、戻ってもいいんだよ?そのほうが、明日香にとっては幸せなんじゃないのかい?」
 本心から気遣いで口にしたそのセリフに、明日香は迷い無くこう答えた。
「そんなことないわ。私だってデュエリストのはしくれよ、兄さん。今はこの学園にいられることが、一番幸せなの」
「…そうか。分かった」
 そのときは、確かに納得したつもりだった。明日香の意志を曲げるようなことはしたくない、そう思っていたことは嘘ではないのだから。
 けれど、デュエリストとして生きることが、果たして明日香の幸せなんだろうかという疑問も解決したわけではなくて―

  limit→PERFECT 23
 大切な君だから


 ―アイドル養成コース設立などという企画に吹雪が意気揚々と乗ったのは、だいたい上のようないきさつもあったからだ。明日香がアカデミアにいることと、普通の女の子であること―吹雪にとっては、恋に心をときめかせたりすること―が、同時に成立する素晴らしい企画。
 けれど、当然と言えば当然だが明日香は乗ってこない。
 デュエルで決着をつけようと言ったその時点で、本当は気づいていたのかもしれない。
 パフォーマンスに走ったデュエルの果てに、吹雪は負けた。
「強くなったね、アスリン」
「ありがとう。でも、アスリンはやめて☆」
「本当はね、アイドルになってボクと一緒に恋の歌を歌って、明日香が普通の女の子に戻れば良いと思ってたんだけど」
「兄さんったら、まだそんなことを」
 そんな風に言って明日香は笑った。
 何が幸せかを決めるのは明日香自身だ。それは吹雪も承知してはいる。
 ただ多分、明日香がデュエリストの道を選ぶことになった原因には、自惚れでなしに自分の影響もあるはずで。逆を言えば、だからこそ自分と一緒になら普通の女の子―吹雪が思うところの普通の女の子―になってくれるのではないかとも思ったのだけれど。
(未だに、測りきれてないのかもしれないな)
 結局後から思えば、明日香の人生を自分がコントロールしようとしたということなのだ。
 けれど明日香はきちんと、自分の道は自分で決めると、決められると示した。
 ひょっとしたら、明日香からのデュエルを受けた自分を、さらにはそれに負けられた自分を、褒めていいのかもしれないとさえ思う。その意志を強引に曲げないように―妹を一人のデュエリストとして心から認められるように、立ち回れたのだから。

 * * *

 吹雪が記憶を取り戻した夜の会話には、こんな続きがある。

「ねぇ、兄さん」
「なんだい?明日香」
「私、中学だって、ほんとはアカデミアに入りたかったのよ?」
「…え?」
「入らなかったのは―…」
 そこで言葉を切ると、明日香は明るい笑顔でこう言った。
「…こんな風にしょっちゅう兄さんに迷惑かけられるって、知ってたからよ!」
「ひどいなぁ」
 そう言って吹雪も笑った。

 言葉は本音でもあるし嘘でもある。
 あの頃、兄妹として以上に求めすぎるが故に距離を置こうとしたのは、何も吹雪のほうだけではないのだから。
 そして置いた距離は、意図した以上に長いものになってしまったけれど。
 それでもその選択は正しかったのだと、それぞれに相手の胸の内こそ知らないまま、優しい空気の中で感じていた。

 学園中を巻き込んだ兄妹デュエルは、アカデミアと実家で離れて暮らしていた期間に、吹雪の失踪中を含めれば、実に五年半にもなる時間、ある意味ですれ違っていた兄妹の、埋め合わせでもあったのかもしれなかった。
 
 080907

 +++ limit→PERFECT 24 約束の守り方 に続く +++

兄妹のびみょーな感情に決着つけとこうと思って挿入したはいいんですが、この話、「あらすじっ!」って感じが拭えませんね、すみません…。
次は65話編です。

 
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