プロリーグを順調に勝ち進んでいた亮がエドに喫した敗北は、アカデミアにいた誰もが予想外だった。
 そこから亮が、完全なスランプに陥ったことも。
 それ以上に、以前の彼を知る者を驚かせる事態が明るみに出るには、まだ少し時間があったが―

『友達に戻ろう?離れていても、ボク達が支えあえるように』
 
  limit→PERFECT 24
 約束の守り方

「はぁ…」
 パソコンを前に一人、吹雪は深々とため息をついた。
 目の前のスクリーンに開かれているのはメール画面で、そこには「丸藤亮」の個人アドレスが表示されている。
 “恋人”としては別れた二人だったが、連絡を取らないでいようとか、そういう話にはならなかった。だから別に、メールをすること自体に何も問題は無いのだが。
「…こっちから状況とか…聞けないよね…」
 目下、吹雪を悩ませているのはこれだった。
 流れてくる風評を聞けば、彼に親しい者なら誰でも心配にはなる。
 けれど亮のほうから弱音を吐いてこない以上、こちらから踏み込むのはためらわれた。
 スランプとはいっても、亮は多分、折れはしない。だからこそ、相当無理をしているだろうことは予想がついた。けれどそれを指摘したところで、自分に何ができると言うのだろう。
(今すぐ飛んでいけるわけでもないのに。ううん、そばにいても、何もできないかもしれないのに…)
「…思ったのとは逆になっちゃったなぁ」
 それとも、結局は同じなのだろうか。
 あのとき別れていなかったら、是が非でも電話だのメールだので状況を聞きだそうとしたのかもしれない。けれど今は“友達”で、そのストッパーがあるからこそ、彼自身が今、何を考えているのかへと、思いを巡らせられる気がする。
 亮が自分に―自分や翔に何も言ってこないのは、誠実にスランプと向き合おうとしている証拠だろう。究極、誰の力を借りられる問題でもない。彼の今までを考えれば、それを思いつめすぎだと簡単に励ますことはできない気がした。遠く離れていれば、なおさら。
「…信じるしかない、か」
 それが今、吹雪に出せる結論のすべてだ。
「キミなら大丈夫だって…信じてるよ、亮」

 * * *

(オレのデュエルができていれば)
 負けが増えるたび、亮の中で繰り返されるのはそんな言葉だった。
 あれだけ唱えていたはずのリスペクトデュエルを、自分はいとも簡単に見失った。
(それさえできれば、勝ち負けは関係ない)
 いくら落ち着いて思い出せと言い聞かせても、それを取り戻すことは出来なかった。
 どこかに違和感が挟まっている。
 そしてその違和感は、日に日に高まる一方だった。
 どうしていいのか分からないまま、それでも亮は、デュエルフィールドに立ち続けた。

 そんな中で猿山に話しかけられたとき、亮が真っ先に抱いた感情は「胡散臭い」だった。
 普通なら、まともに取り合ったりはしなかっただろう。
 けれど彼の紡ぐ言葉は正直、正しいとしか思えなかった。
 あれだけ負け続けて、自分の試合はもう組まれない。プロリーグで、デュエルをすることはできない。
 それなら…それなら、それならオレは―?
「あなたは常に、戦場にいるべきだ」
 ―そのとき、亮は既に、思考停止していたのかもしれない。

 * * *

「うっ…ぐわぁぁあぁ!」
 ダメージを受ける度に、体中を電撃が痛めつける。
 これがデュエル?違う、今まで自分がしてきたデュエルは―
「勝利を得なければ生き残ることはできない。本来それが決闘(デュエル)というものではありませんか。だったらどんな手を使っても、勝たなきゃ」
 猿山の言葉が異様に響く。
「オレは、オレのデュエルを…」
「ふむ、ならあなた…負けますね」
「負ける…?オレが…?」
 違和感が増大する。
 負け続けるたび、亮の中で膨らみ続けていた違和感。
 挑発としか思えない、猿山の言葉。
 舐めきった犬飼の態度。
 塞き止めていた何かを押し流すだけのものが、亮の中で膨れ上がる。
「…イヤだ」
「嫌だァ?」
「―嫌だ!オレは、負けたくない!!!」
 枷(かせ)を弾き飛ばすように、亮は叫んだ。
 血が沸騰する。
 早鐘のように打つ鼓動が、体中に響いている。
 裏腹に、思考は冷たく澄み渡る。
「分かったんだ、今やっと。オレはエド戦以来誤魔化し続けてきた。相手をリスペクトするオレのデュエル、それさえできれば、勝ち負けは関係ないと。―だが違う!」
 目を背け続けてきたものが、今はっきりと見える。
「俺は飢えている、渇いている…勝利に!!」

『自分を見失うほど熱くなったら、デュエルは負けだ』

 エドのあの言葉自体、呪縛になっていた。
 違和感の正体。リスペクトデュエルに執着したのは―負けた自分を、ただ正当化したかっただけ。勝ち負けは関係ない―「リスペクトデュエルができていれば負けてもいい」。それは言い訳以外のなんでもない。
 それならもう、リスペクトデュエルを選べるはずがない。
「これが生き残るための、オレのあがきだ!!出でよ、キメラテック・オーバー・ドラゴン!!」
 言い訳以外に残されているのは、純粋な衝動だけ。
 熱くなることで自分へ蘇る感覚。
「エヴォリューション・レザルト・バースト!!!」
 勝利への全開の欲望を、亮は初めて、がむしゃらに叩きつけたのだった。

 * * *

「………」
 冷め切らない熱を感じながら、亮はただ立ち尽くす。
 求めて手に入れたはずの勝利は、それでも自分を満たさない。
 分かっている。結局自分は、逃げただけなのだ。敗北が嫌で、勝利へと逃げ込んだ。相手など関係なく。
 それがたまらなく嫌だった。
「…吹雪」
 今すぐ、肯定されたかった。
 何も言わずに抱きしめられたかった。
「…なるほど。あの甘さに抱かれていないと…こうなるわけか、オレは。まったく…とんでもないな」
 うなだれた額を支える右手の下で、自嘲した笑みがこぼれる。
 正真正銘、「カイザー亮」は他人の賛辞に支えられていたのだと、今更思い知った。
 それを取り去ってしまえば、敗北に怯えて勝利を欲する、見苦しい人間がいるだけ。
 そうと分かっているのに―デュエルをやめることも、できない。
 間違わないためにデュエルをやめるよりも、見苦しいデュエリストでいることを、自分はもう選んでしまった。
 多分それが、何より逃げたかった、自分自身だから。
「…耐えて見せるさ。それがお前との…約束だ」
 
 081208

 +++ limit→PERFECT 25 鏡合わせの心 に続く +++

次は95話後で吹雪と翔です。

 
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