アンチリスペクトを謳うデュエリストキラー、ヘルカイザー亮。 それが、数ヶ月の沈黙を破ってプロリーグへと現れた亮の姿だった。 誰にも分からなかった。亮が何を思って闘っているのか。 ジェネックス、鮫島校長が開催するアカデミア生徒とプロデュエリストが入り混じる大会で、幾多のデュエリストが彼に挑み、負け―それでもメダルを奪われなかった人間が、たった二人だけいた。 limit→PERFECT 25 鏡合わせの心 衝撃増幅装置を使った亮とのデュエルによって、身心を痛めつけられた翔は、医務室で手当てを受けていた。 「翔くん、具合はどうだい?」 「吹雪さん。もうほとんど大丈夫ッス」 見舞いにきた吹雪に、翔はそう言って笑った。 その笑顔は、まだどこか弱々しかったけれど、それについてはあえて触れずに、吹雪は普段通りの調子で言った。 「それは良かった」 笑っている吹雪を、翔は困惑した表情で見つめる。 意気消沈している翔に、吹雪は問いかけた。 「…亮と闘って…翔くんは、どう思った?」 「え…」 どう答えていいのか分からないのか、翔は返答に詰まる。 吹雪が亮に負けたこと、投げ与えようとしたメダルを踏みにじられたことを、翔は知っている。 そして翔自身も、『ヘルカイザー』に挑み、負けた。 吹雪が何を意図しているのか、翔には分からなかった。 「…吹雪さんこそ、どうなんスか?」 聞き返されて、吹雪は素直にこう答えた。 「正直、ボクにもよく分からないんだよね」 無責任にも響きそうなその言葉の続きを、翔は沈黙で促す。 「ボクさ、これでも亮のこと、結構分かってるつもりだったんだよ。でもなんていうか―全然分かってなかったんだって分かった、みたいな感じでさ」 軽いノリで話す吹雪に、それでも真剣なものを感じて、翔も口を開いた。 「ボクも、同じかもしれないッス。あんなのお兄さんじゃないって思ってたけど…やっぱり、今のお兄さんもお兄さんなんだって、多分、分かったのはそれくらいで」 ぷつりと途切れた言葉の先、何かを考えるような沈黙の後、唐突に、翔が呟いた。 「…ボクんち、母子家庭なんスよね」 初めて聞く情報に内心で驚きながら、それを吹雪は顔には出さなかった。 「でもボク、あんまりそれが気になったことなくて。それってきっと、お兄さんのお陰なんだと思うッス。お兄さんはいつだって強くて、正しくて、ボクはお兄さんを追ってさえいればよくて…」 「翔くん…」 瞳からこぼれそうになった涙を、翔はごしごしと拭う。 「…そんなお兄さんだから、今きっと苦しんでるのに、ボクには何もできなかった。それが、悔しいッス」 「…うん、分かるよ」 「吹雪さん…」 「すまなかったね、突然押しかけて。でも…それが聞けて良かったよ。ありがとう」 言って立ち去ろうとする気配を見せる吹雪を、翔が引き止める。 「…吹雪さんは、どうなんスか?」 そう真剣に問いかける目に、言っていいのかどうか若干悩んでいたことを、告げることに決める。 「翔くん、ジェネックスの参加メダル、まだ持ってるだろう?」 「あ…はい」 ジェネックスでの敗北はメダルの喪失、本来なら亮に負けた時点で、二人はジェネックスに参加する権利を失うはずだった。 「ボクはもう、それだけでいい気がするんだ。亮はボク達から、以前なら絶対しなかったような強引さで勝利を奪っていったかもしれない。だけど、その勝利の証を持っていこうとはしなかった。それは…ボクやキミが挑んだデュエルに、彼が求める勝利とは、次元の違う問題が入り込んでたってことなんじゃないかって、そう思うんだ」 その言葉を、咀嚼するように聞いていた翔が、落ち着いた調子で尋ねる。 「…お兄さんの求める勝利って、何なんスか?」 「さぁ、それはボクにも分からない。…でも、亮は多分、リスペクトを忘れてはいないよ」 そう言って笑う吹雪を、翔はただ見つめる。 「お大事に、翔くん」 にっこりと微笑んで、吹雪は医務室を後にした。 * * * 不思議と、心は穏やかだった。 今だって多分、亮は苦しんでいる。それは変わらないのに。 (だけど亮は、惑わされても、迷ってもいない。その上で何かを求めてる。ボクが分かるのは、それだけでいいんだ) 「…今だに惑わされてるのは、ボクの方か」 そう言った吹雪が見つめているのは、ダークネスの仮面のカード。 亮とのデュエルで、彼に導かれこの力から解放された後も、このカードは自分の元にある。 「…ッ」 頭に走る激痛に、額を押さえる。 (知りたくない…知られたくない?誰が、何を?) 「…ボクは何を…忘れているんだ…」 うめいた言葉が、冷たい風に散った。 090124 |
+++ limit→PERFECT 26 呼び覚まされた記憶 に続く +++ TF2の翔ラストイベントを本編でやろうとしたらこうかな的な。 亮については本編で語りつくされているので、3期は気にせず4期に飛びます。 |