limit→PERFECT 27
 宿命さだめのあるべき場所

 消え始めている。
 亮がそう気づいたのは、その感覚を覚えたのが二度目だったからに他ならない。
 だからと言って取り乱すことも、さらに言えば自分から何かしようという気も起きなかった。あくまでこの事態が、最終的には「すべて」を飲み込むだろうということを知っていたから。
 自分から動くまでもなく、それは現れる。―今、目の前で開きつつあるドアが、それを証明していた。
「…これはまた、随分と素直になったものだな」
 現れた人物に、既に慣れてしまった悪役じみたほうの笑顔を向ければ、相手は怯(ひる)むことなくこう返してきた。
「そっちこそ、いい性格を随分表に出しているようじゃないか」
 あの頃見た表情ではない。けれど本人だということは疑いようがなかった。そもそも向こうにしても、自分のこの表情は知らないだろう。
「お前がいない間にこっちも色々あったからな。それで、用件はなんだ?藤原優介」
 冷静と言える態度。亮の不敵な瞳に、藤原は面白がるように笑う。
「そこまで覚えてもらえていたとは光栄だね。もちろん、デュエルに決まっているだろう?」
 確かにそれしかないだろう。出会いの最初から、自分と藤原を―そこに吹雪を含めた三人を、つなぎとめている共通点はそれしか無いのだから。
 そのことに彼は、どこまで気づいているのだろう。
「生憎と、まだ調整中のデッキしか手元には無いんだがな。悪いがまともなデュエルになるかどうか分からんぞ」
「冗談だろう?カイザー亮ともあろう者が」
 そのとき初めて、藤原が鼻白んだようだった。
 どこまで冗談だと思ったのか、亮には分からなかった。サイバー流裏デッキを手放した今、もう一度デッキを組みなおしている最中なのは嘘ではない。けれど裏デッキの存在自体を知らない藤原には、今のデッキがどう映るのかは未知数だ。
 そしてそれ以外に言っていない、もうひとつの欠点もあるけれど。
「嫌ならやめるか?」
 そう言って亮は笑う。これではいつかのデュエルに対する完全な嫌味だ。だが、それも悪くないのかもしれないと亮は思う。ヘルカイザーとして生きてきた自分だからこそ、それくらいのやり方で彼を挑発することに躊躇(ためら)いはしない。
「…後悔するなよ」
 それはこっちのセリフだと、亮は胸中で呟いた。

 * * *

 先攻1ターン目、藤原の出したモンスターは、今までに見たことの無いモンスターだった。
「それが、ダークネスの力の一端というわけか?」
「ああ、そうさ」
 心理戦は本来亮の趣味ではない。それなのにわざわざそんなセリフを口にしたのは、使っているデッキがデッキだったからだ。
「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
 藤原のターンエンドを受けて、後攻一ターン目に亮はデッキからカードをドローする。
 ―引き当てたのは、このデッキの完全なる欠点となるカードだった。
 それは本来、このデッキではまったく使い道の無いカード。
 けれどどうしても、このデュエルには必要だったカード―心理戦の鍵になるものだったけれど。
「…その力があいつに何をしたのか、お前は知っているのか?」
「…何だと?」
 ぴくりと、不機嫌そうに藤原の眉が跳ね上がる。
「サイバー・ツイン・ドラゴンを、攻撃表示で召喚!」
 他にも使い方はあった。手札にはもう一体のサイバー・ドラゴンがある。
 貫通ダメージ効果を持つサイバー・エンド・ドラゴンを召喚すれば、多分一撃で勝負はつく。
 けれど―
(このデュエルの目的は、勝つことじゃない)
「自分以外の誰かに、自分の体を操られるというのは、どういう気分なんだろうな」
「ダークネスは世界の真実。そこにあるのは世界のすべて。そしてすべてがひとつ。その中では、自分以外などというものは存在しないのさ」
 矛盾をあげつらって動揺させられる自信はあった。
 けれど今、亮がしたいのはそんなことではない。
「今でこそ、こんな自分を受け入れられているがな。別に最初から平気だったわけじゃない」
「何を言ってる」
「オレの本質を、最初に見抜いたのはお前だったんじゃないのか?なりふり構わず勝利を求められる―それが誰かを傷つけることになっても、別に不思議じゃない」
 亮のサイバー・ツイン・ドラゴンが、クリアー・キューブを破壊する。けれど特殊効果で、藤原のフィールドには新たなクリアー・キューブが召喚される。
「それはオレにとってさえ地獄だった。それ以上のことを、知らないうちにしていたんだ。あいつにとっては、地獄という言葉ですら生ぬるいかもしれんな」
「………」
 藤原は答えない。
 二度目の攻撃で破壊しても、もう一体が召喚される。
「ターンエンド」
「俺のターン、ドロー!」
 藤原のフィールドにはモンスターが一体。
「クリアー・レイジ・ゴーレムを、攻撃表示で召喚。さらにマジックカード発動、クリアー・サクリファイス!このカードの効果により、墓地のクリアー・キューブ二体を除外し、クリアー・バイス・ドラゴンを、攻撃表示で特殊召喚することができる!」
 クリアー・バイス・ドラゴン。相手の攻撃力を倍返しすることのできる竜。
「…すべては必然なのさ。あいつがあの世界に迷い込んだことも、ダークネスの力を使ったことも。ダークネスの力がなければ、あいつはあの世界で生き延びることはできなかった」
「あいつはそれほど弱くない。それはお前だって知っているんだろう」
「知っているさ。いつもいつも実力を出し切れるわけじゃないこともな!」
「それが必要なときに出せないような奴じゃない。お前が与えた力が、吹雪を傷つけた!」
「黙れ!」
 クリアー・バイス・ドラゴンがサイバー・ツイン・ドラゴンを破壊する。
「他者を踏み潰さなければならない痛みを知っているなら、お前にも分かるはずだろう!?」
 激昂した藤原は、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。
「あいつがあんな世界で勝ち続ければ、心が先に壊れたさ!それは実力なんか関係ない、お前とも俺とも、あいつは違う!!」
 とどめの一撃が来る。
 伏せカードは無い。

「あのとき吹雪を守ったのは、お前じゃない!!」

 ライフがゼロを刻む。
 亮が膝をついた。
「…ああ、そうさ。あのときオレは何もできなかった。今だって何一つ…できやしない」
 その瞳の先にあるのは、一ターン目に引き当てたカード。
 そのカードを引いたとき、この結末しかないと、亮は自分で選んだ。
「フッ…ハハッ、分かれば…いいのさ。オレが全部、受け止めてあげるよ…」
 ひらりと舞い落ちたカードを、藤原はもう見てはいなかった。

 * * *

『最後にひとつだけ、これ、預かってくれないかな』
『…オレに、これを?』
『このカードを、ボクのデッキに入れるわけにはいかない。キミに託したいんだ。どうしてくれても構わない。持っているだけでも、破り捨ててくれても』
『…できるわけがないだろう』
『…すまない、今のは投げすぎた。ただどうしても…この一枚だけは、ボクが持っているわけにはいかないんだ、頼む』
『…分かった』

 真紅眼の闇竜(レッドアイズ・ダークネスドラゴン)。
 それがそのカードの名前だった。
 残酷な異世界で、吹雪が使ったダークネスの力―藤原に与えられた力の象徴。
 それを見せつけて藤原を追い込むことも、あるいは可能だっただろう。吹雪が、与えられた闇の力を手放した証とでも言って。
 けれど、選べなかった。
 あえてそのカードだけを自分に託した、吹雪のことを思えば。
 藤原と闘うことを―決別ではなく、正面から向き合うことを決意した、吹雪の意志を想えば。

 * * *

 ―吹雪。

 オレのことなんか忘れろ。
 あの馬鹿に思い知らせてやればいい、お前の本当の望みを。
 それが例え、お前以外の誰も望まない結末を導くとしても。
「…終わりはしないさ…そうだろう?吹雪、十代、ヨハン…。――藤原…」
 
 080902
 090215

 +++ limit→PERFECT 28 闇に求めた力 に続く +++

これ含めて3話連続、フライングで日記に上げた話を修正したものです。
吹雪が亮を思い出さなかった原因を捏造しようとしたらこうなった。
今回デュエル構成は完全におざなりです。明らかに手抜きしてるカイザー…藤原は気づかないくらいテンパってるってことでどうかひとつ(爆)
デュエル書かざるを得なかった都合上、164サブタイが「受け継がれしCDD」でサイバー・ダーク限定だったのに乗っかって、亮が翔にあげたのは裏デッキのみという設定にしました。

 
BACK