『なぁ、ひとつ聞いていいか?』
『何?』
『破壊輪で破壊するモンスターは、どっちでも良かったはずだろ?どうしてレッドアイズを選んだんだ?』
『え?ああ、そんなの簡単だよ―』
 
  limit→PERFECT 28
 闇に求めた力

「――…?」
 本格的に侵攻を始めたダークネス。
 絶え間なく失われていく人々と、その記憶。
 十代達が不在の今、デュエル・アカデミアに残ったのは吹雪だけだった。
(世界にたった一人。…そんなはずがないのに!)
 何かを奪われた、それだけが分かる。
 胸に忍ばせたダークネスの仮面のカードを、吹雪は取り出した。何を奪われたのか、その答えを、この仮面は知っている。
 そこで見たものは、大切な人たちが、心の闇に苦しむ姿。
(希望を奪い、絶望を与え、やがて心を折る。これがダークネスのやり方なのか)
 最後に残った自分を、相手は必ず狙ってくる。
 アカデミアの正門前で、吹雪は叫んだ。
「さぁ出て来い、ボクと勝負しろ、ダークネス!ボクは覚えているぞ、明日香のことも!翔くんも!万丈目くんも!さぁ、ボクの記憶を完全に奪ってみろ!!」
 吹雪の前に、ダークネスの仮面をつけた人間が現れる。
「貴様がダークネスか!」
「事象の理(ことわり)、世界の真実、理解できぬすべてを否定することしかできない人の限界。だがそんなゴミのようなお前達を、俺が肯定してあげよう」
「…っ!」
 ―本当はもう、そのとき知っていた。
 目の前の人間が誰なのか。
(もう引き返せない、覚悟は決めたはずだ。その正体が誰であろうと、ボクの答えは変わらない!)
「…ボクはお前を許さない!」
「お前の挑戦を祝福しよう、天上院吹雪」

 吹雪は知らなかった。取り戻せなかった記憶があることを。
 吹雪に忘れられることを強く願った、たった一人がいたことを。
 それは今、関係のないことではあったけれど。

「「デュエル!」」

 * * *

 デュエルの中でさえ、奪われていく吹雪の記憶。
 記憶を消したのは、吹雪自身のデッキへの憎しみだと藤原は言う。
「それでも未練がある。自らを闇の力とするカードに。吹雪、やはりお前の本質はダークネス。さぁ、それを認め、我々と共に行こう」
「ボクが…ダークネス…」
「さぁ、我らの世界へ!」
「―行くな吹雪さん!」
 誘惑に負けそうになった吹雪を、引き止めたのは十代だった。
「行っちゃ駄目だ!吹雪さんは、ダークネスなんかじゃない!!」
「遊城十代、ヨハン・アンデルセン…邪魔はさせない」
 ミスターTに遮られ、二人が足を止める。
「ありがとう…十代くん、ヨハンくん。―彼らに、お前の相手をさせるつもりはない。お前はボクが倒す!」
 そうだ、間違ってはいけない。
 吹雪は決して、ダークネスの力に未練があるわけではない。
(それがキミにつながっているから。それだけが、ダークネスのカードを手放さない理由!)
 だから今必要なのは、もうひとつの絆だった。
「このカードは、ボクとライバルたちとの絆、そのカードをボクは呼び出そう。真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)!」

 * * *

「フッ…もう茶番はやめだ。お前、俺が誰か気づいているんだろう?」
「ああ。ダークネスのカードを持つ、ボク以外の唯一の人間…。…藤原優介!」
 真紅眼の黒竜。
 それが無言で吹雪の心を示すカードだと、最もよく知っているのが藤原だった。
(それがお前の身を滅ぼすんだと、どうして分からないんだ)
「ボクは負けない、希望を捨てない!このデュエルに勝ち、彼らを!そして、お前をダークネスから救ってやる!」
「無理だよ、今更!」
 誰にも心の闇はある。
 既にここはその中だ。
 吹雪の勝利など、どこにもないはずだった。
 ダメージを受けても、藤原は動揺を覚えはしなかった。
「さらばだ吹雪!クリーン・クルーティー!!」
 窮地に立たされたはずの吹雪は―
「すまなかった、藤原」
「何…!?」
 ―その場にいる誰よりも、冷静だった。
「ずっと、謝りたかった。あのとき…あのとき、キミを救ってやれなかった。だが、今度はボクも一緒だ」
 すべてを受け止めるように、吹雪が両手を広げる。
「それでみんなを救えるなら、それがボクにとっての勝利だ」
 吹雪が選んだのは、藤原が思う勝利ではない。
「すまない、レッドアイズ。―トラップ発動、レッドアイズ・バーン!レッドアイズが破壊されたとき、互いのプレイヤーは、その攻撃力分の、ダメージを受ける!」
「何…」
「吹雪さん!!」
 吹雪を案じる声が響く。
 その声を聴いている自分に、どこかで違和感を感じていた。
「さぁ、一緒に行こう、藤原」
 差し伸べられた手が、藤原の心を切り裂く。
「キミも、ボクのかけがえのない絆の一人。すまなかった。だが、これからは一緒だ」
「やめろ…やめろぉぉぉぉ!!!」

(―そうじゃない!)

 俺はお前に、救われたかったわけじゃない!!

「うわぁぁああ!!」

 * * *

『破壊輪で破壊するモンスターは、どっちでも良かったはずだろ?どうしてレッドアイズを選んだんだ?』
『え?ああ、そんなの簡単だよ。亮やサイバー・エンドとは、まだ出会ったばかりじゃないか。いきなり乱暴はよくないだろう?結果が同じならレッドアイズを選ぶのは当たり前さ』
『…よく分かんないけど』
『ボクにとってレッドアイズは、デュエルが結んでくれた絆の象徴だから。誰の喜びも分かち合える、そして誰の痛みも苦しみも、一緒に背負っていける、そういうカードなんだ』

 * * *

「…吹雪、これがお前の心の闇か。お前はずっと、俺を救えなかったことで苦しんでいたんだな…」
(吹雪の心の闇を作り出したのは…俺なのか)
 心が冷えている。吹雪が、捨てただけだと言った心が。
(なるほど。記憶は奪えても心までは奪えない…そう言ったのは、吹雪だった)
「ボクは負けない、希望を捨てない!人の可能性をお前に教えてやる!このデュエルに勝ち、彼らを!」
「そして俺をダークネスから救ってやる、ってか?」
「…っ!?」
 吹雪が目を見開く。
 ここから先にあるのは、吹雪の敗北。吹雪の絶望。
(…違うな―)
「…さっさと終わりにしよう」
 幻に見た戦術を、予定通りの効果で覆す。
「何…っ!?」
 最初から、こうしていればよかった。
「これが真実のラストターンなんだよ、吹雪!」

(―これは、俺の絶望)
 遊離した意識の端で、藤原は一人ごちる。
 吹雪が信じたのは、最後まで絆だけ。
(吹雪は俺を否定しない。なのに俺は否定される)
 どこかで何かがねじれている。
(吹雪の中には矛盾はない。矛盾してるのは、…俺のほうだ)
 信じたかった自分。
 信じられなかった自分。
 吹雪の言う通りだ。自分は信じたい心を闇に捨てて、強くなったつもりでいた。
 そして吹雪は、弱さを捨てる弱さまで含めて、藤原のすべてを受け入れた。
(だから吹雪が負けるのは、吹雪が弱いからじゃない。…俺が弱いからだ)
 
 吹雪、お前は知っていたのか?
 ダークネスと俺と、矛盾だらけのふたつをひとつにしていた、矛盾しない願い事。

 あのときも今も、俺は、ただ。
 
「目障りだ…消えろ!」
「うわぁぁああ!!」

 お前のことを、救いたかっただけなんだ。

 * * *

「…さあ、最後の戦いを始めようか。ダークネスこそが世界の真実。それを証明するために」

(…悪あがきだな)
 誰もいない世界で、世界の真実が証明されたからって何になる?
 本来ダークネスは、証明を必要とするような存在ではない。
(俺(ダークネス)は吹雪を救えなかった。だから吹雪が俺を救う…ダークネスの真理は揺らいでる。当然だな、絆を信じたままの亮や吹雪と一体化してるんだから)
 心の闇の先に希望を見出した者。
 ダークネスにとって、それは完全なる自己矛盾。 
(悪いけどもう少しだけ我慢してて。俺が、俺でいるために)
 それが伝わったかなど疑うべくもない。
 今の藤原は藤原であって、吹雪でもあり亮でもある。それがダークネスの真実。それがダークネスを崩す鍵。
(呼んで、オネスト。今なら俺は、応えられるから)

 081115
 090215

 +++ limit→PERFECT 29 自分自身の証 に続く +++

次はダークネスvs十代の裏舞台設定で、三人全員集合です。

 
BACK