「ずれ始めてるぜ、ミスター・ダークネス!」
 ダークネスと完全に一体化していたはずの藤原は、亮・吹雪との絆によって、ダークネスから遊離し始めていた。そしてヨハンと十代の絆が、それを決定的にした。
「マスター…」
 オネストが、ダークネスから分離した藤原を抱き止める。
 藤原のライフが、ゼロをカウントした。
「オネスト…ありがとう」
「お帰りなさい、マスター」
 
 けれどそれは、終わりではなかった。
 取り戻されたはずの藤原、そしてヨハンまでもが姿を消す。
 ダークネスと十代との、世界を賭けた一騎打ちが、始まろうとしていた。
 
  limit→PERFECT 29
 自分自身の証

「…ここは…」
 吹雪が気がついたのは、いつか見た闇の中だった。
「ダークネスの…入り口、だっけ?」
 ということは、まだ自分は完全に取り込まれてはいないらしい。
「そうらしいな」
「っ!?」
 自分以外がそこにいると思わず、その声に驚く。振り向いてその顔を確認して―
「…『忘れろ』ってどういうことかな亮?」
 ―胸ぐらを掴んで締め上げた。
「落ち着け吹雪」
 さすがに予想外の剣幕だったのか、若干気おされしつつ亮がなだめる。
「落ち着けないよ!よりによってキミのこと忘れっぱなしだったとか、どれだけ悔しいと思うんだよ!?藤原のときだって落ち込んだの知ってるくせに!!」
「分かってる、それは悪かった。そう怒るな」
 それでも穏やかに対応する亮に、吹雪が不意に下を向いた。
「…ボクが弱いから?キミのことを覚えていたら、迷うとでも思った?」
(亮のことを覚えていたら、藤原に心から一対一で立ち向かうことができないかもしれないから?それしか方法がなくても―)
「そうじゃない」
 亮はきっぱりと否定した。
「迷ったりしないだろう、お前は」
「それなら、どうして!」
「だからこそ、だ」
「〜っ、だからなんだって―」
「―それより、あれを放っておいていいのか?」
「え…」
 言って亮が示したのは、泣いている小さな少年。
「父さん…母さん…忘れないで…」
 見たことはなかったけれど、それが誰なのか二人には分かっていた。
 それは、ここがダークネスの入り口―境界線上だからだ。
 そこから一歩を踏み込んでしまえば、一体化してしまえば、片方が片方を呑み込むことにもなりかねない。だから危険域には違いなかった。
 けれど反面、自分を律することさえできれば、普段使えない回路で他人のことが分かる場所でもあった。
 彼の泣いている理由さえ、伝わってくる。
「…藤原…」
「………」
 淡々と見つめる亮は、藤原に関して手出しをするつもりは無いらしかった。
 すべて自分に任せるつもりなのが分かると、吹雪はその少年に呼びかけた。
「藤原」
 少年の姿が揺らぎ、自分の見慣れた姿へと変化する。
 振り向かない背中を、吹雪と亮はただ見つめた。
 沈黙に押されるように、藤原は不意に語り始めた。
「…父さんと母さんは、もういない。二人のこと…俺は本当に覚えてないんだよ。それが後ろめたかった。忘れた自分を認めたくなくて、忘れられたと思い込んで。だけどそうすればするほど、寂しさが募っていった…最低だな、俺」
「そんなことないよ」
「お前はそう言うんだろうな。オネストもそうだった。誰も俺を否定したりしない。俺だけが、自分を肯定できなかった。…今でもやっぱり、できないんだよ」
 自嘲気味に、藤原は語る。
「俺に、誰かと絆を結ぶ資格なんかない。一番大切な人を忘れた俺になんか!」
 悲痛な叫びが、闇の中にこだまする。
 その響きを掻き消すように、吹雪が静かに告げた。
「忘れてないよ」
「どうして、そんな風に言うんだ吹雪…!」
「忘れてなんかない。忘れるっていうのは、記憶を失くすことだけじゃない」
「俺にはもう、何も無いんだよ…」
「ボクはそうは思わない。―ねぇ、出会ってからずっと、名前で呼ばせてくれなかったよね。どうして?」
「もう言っただろう、俺に絆を結ぶ資格なんかない…!」
「その気持ちも原因だとは思う。でも…それだけかい?どうして藤原って呼ばれたかったんだい―」
 初めて、吹雪はその名で呼びかけた。
「―優介」

 その…瞬間に。
 
 藤原の脳裏に、鮮やかな光景が浮かび上がる。
 澄んだ空、滲んだ視界、泣きじゃくっている自分を、名前を呼んでなだめる両親。

『ゆうすけ』

 優しい声の響き。

 見開いた藤原の瞳から、涙が零れる。
「……父さんと、母さんと…同じ、名前だから…」
 失くしていないもの。写真以外にもうひとつ、たったひとつ残ったのは、自分と同じその名前だけだった。
「失くしたくなかった…離れたく、なかったから…っ」
 なのに今、自分の名前を引き金に、失くした記憶が戻ってくる。
 いつかオネストが語った思い出が、はっきりと記憶として根付いていく。
(ああ、そうか…)
「俺が…父さんと母さんのこと、大好きだって…忘れて、なかったからだよ…」
 涙は確かに痛みの証だった。
 あのとき無防備に正面から受け止めてしまえば、耐えられなかっただろう痛みの。
 “誰より大好きな人と別れた”ことを、藤原は今、初めて本当に知ったのだった。

 * * *

 闇の世界が、脅かされるように揺らぐ。
「十代くんが闘ってるね」
「あいつは勝つ―が、十代ばかりに負わせるわけにもいかないか」
「…吹雪、亮」
 おずおずと呼びかけられた声に、二人は答える。
「「優介」」
 唱和した声に顔を見合わせて、二人が笑った。
「一緒に行こう」
「―ああ」
 吹雪から差し伸べられた手を、藤原は今度こそ握り返した。

 081117
 090215

 +++ limit→PERFECT 30 完璧な不完全 前編 に続く +++

「藤原」呼びにはこれくらい意味こもってたっていいと思う。
「万丈目」とかと同列だったら泣くよ(笑)
最近、吹雪さんの苗字が「天上院」なのは、藤原の天国の両親の声を代弁するためだったんだと思い込んでます。あ、じゃあ「丸藤」の「藤」もそういう意味で!(笑)
天才トリオは裏舞台でこれくらいのこと繰り広げててもいいと本気で思う(笑)

 
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