limit→PERFECT 後日談
 膨張する世界で

 それぞれがそれぞれの未来へと踏み出してから、既に数年が経過していた。
 結局未だに同居は実現していない二人が直接会ったのは、随分と久しぶりだった。
 昼下がりの喫茶店で、亮はこう切り出した。
「パートナーにならないか?」
 いささか唐突な話題だったが、亮は常に唐突だからもはや唐突でもなんでもないかもしれないと思いながら、吹雪は聞き返す。
「パートナーって、同性でも結婚と同じ権利が持てるっていうあれ?」
「ああ」
 吹雪ももちろんその方面の情報を持っていないわけはなく、考えたことがなかったわけでもない、が。
「…でも、国籍変えないといけないだろう?」
 その制度がある国があるのは確かだが、生憎と吹雪と亮が生まれた国ではまだ制定されていない。
 はずだったが。
「その点は心配ない。近々法律が変わる」
「…は?」
「政治家連中に話はつけた。決定事項だ」
「…はぁっ!?」
 吹雪は思わずそんな声で驚いてしまった。
 亮が涼しい顔で爆弾発言をするのは今に始まったことではないが、年々内容がグレードアップしていくお蔭で、結局吹雪は毎回驚いている。
「け、決定事項って…いつの間にそんな」
 そもそも二人がなかなか会えないのは、言うまでもなく二人が忙しすぎるせいだった、と吹雪は考えていたわけだが、亮はこともなげに続ける。
「プロリーグが軌道に乗って時間が空いたんだが、お前と藤原が孤児院設立のための基金を立ち上げたお陰で無駄になりそうだったからな」
「ぎく」
 そう、実は忙しいのは今や亮より吹雪のほうだった。もちろん内容を見れば分かるとおり、自業自得というか、進んで忙しさを買って出ているわけだが。
「…微妙に怒ってる?」
「いや?」
 すました顔で答える亮は、確かに吹雪の前では、もうだいぶ前から怒りとかそういう感情とはほとんど無縁に過ごしてきている。そう言う吹雪も、亮のことは言えないが。
「反対できるわけがないだろう?」
 穏やかな微笑みで、亮は言った。
 吹雪がエンターテイメントデュエルを選んだのも、元を糺(ただ)せば明日香と二人きりの子ども時代の記憶があるからだ。寂しい思いをする子どもを減らしたいと思うのも、当然の結果と言えるだろう。そこに藤原が加わることだって、同じく当然としか言いようがない。
 主催として参加してこそいないものの、基金自体にはサイバー流デュエルリーグも協力している。
「だがどうもこの調子では、同居は夢のまた夢になりかねんからな。それならとりあえず、先に書類で手を打とうと思っただけだ」
 確かに単純明快ではあるが、普通はできない。
 けれどそれをやるのがこの男だと、吹雪はよく知っている。
 一端呼吸を落ち着けてから、吹雪は言った。
「…ボクが国籍変えなくていいようにとか、考えた?」
 吹雪がそう尋ねるのは、亮がそういうことを気にしないということを知っているからだ。
 そんな吹雪に、亮は優しく微笑む。
「お前は変えたがらないだろうと思ったからな」
 紙きれ一枚でも、故郷を捨てるようなことは吹雪はしたがらない。この身に持って生まれ落ちた属性を変えたくないというのが、吹雪のプライドなのだ。自分の意志のみを拠り所にする亮とは、正反対に。
「なら法律を変えればいい、簡単だろう?別姓も選べるぞ」
 究極捨てられるプライドでもあるけれど、捨てずに正反対が一致するならそれに越したことはない。その正反対が一致する点を、亮はいつも見つけてくる。
「どこまでいたれりつくせりなんだか…」
 苦笑する吹雪に、亮は言った。
「…ここまでする必要もないかもしれないとは思ったが、できるならすればいいかと思ったんだ。お前ともっとつながっていたいのも、本当だったから」
「…さすがに、ほっときすぎた?ボク…」
 別に責められているわけではないのだが、どうしてもそんなセリフが口をつく口説き文句だった。
「気にするな、いつかの礼だ」
 それは多分、卒業したときのことを言っているのだろう。あのとき想定した未来とは逆転してしまったお陰で、なんだかさらに距離が開いたような気もするが。
「オレのことしか考えないお前というのは、確かにつまらん」
 それでも同じセリフで言い返されれば、吹雪に告げるべき言葉など無いのだ。
 そんな吹雪に顔を寄せて、亮が耳元で囁く。
「…今日は、完全にオフなんだろう?」
 はやり始める鼓動をなだめすかしながら、吹雪は答える。
「…もちろんだよ」
「それなら、そっちのほうを覚悟しておけ」
「〜〜っ」
 初めて出会ったときから一段と磨きがかかった迫り方に、今でも吹雪は翻弄されている。
 それでも多分、今でも亮が吹雪に夢中なのも、同じようなものなのだろう。
 自分を貫くことでしか、癒せない孤独がある。
 永遠に癒されることのないその孤独が、二人をつなぐ絆だった。

 090316/090318(微修正)

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犯行動機:吹雪のために法律変えるくらい亮ならやると思った
ちなみに捨てられるプライド〜云々、彼らがそれを捨てるのは、正真正銘存在を懸ける価値があるときだけです。要するに、世界を救う、大切な人を救う。わかりにくい書き方しましたが、簡単に言うと二人のプライドの究極形は「勝利=生」です。
いやほんと…つきぬけすぎですよお二人さん…。
蛇足になってないか心配ですが、これにてシリーズ完全終結です。ありがとうございました。

 
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