三、決意―少女が少女を捨てるとき 「こんなところにいたんですか、王子」 ユベルがひょいっ、と覗いた茂みの奥には、微妙に思案顔の王子がいた。 「どうして言ってくれなかったんです?」 そう言って隣に座ったユベルは、普段は王子と一緒に探される側だ。お目付役と言っても頭の固い大臣達と同じことをするのでは意味が無いからと、いざというとき以外は好きにしていいと王から言われていた。王いわく、「一人でいなくなられるよりは、二人のほうが心強い」だそうだ。 だからユベルは、大臣の目を盗んで外に出るという王子を、一応は止めても結局は一緒についていくのが普通だった。そして見つかれば、二人まとめて叱られるのだ。 「だって…いっつも巻き込んでばかりだからさ。ユベルまで叱られる必要ないじゃないか。ボクにつきあってくれてるだけなのに」 「何をおっしゃるのです。一緒にサボったら一緒に叱られるのは当然でしょう?私だけ叱られない方が不公平ですよ」 「だから、それが…!」 「王子…?」 王子が何に苛立っているのか、ユベルには分からなかった。困惑して見つめていると、王子は真剣な顔で言った。 「…ユベルがボクにつきあってくれるのは、…ボクが、王子だから?」 その言葉に、一瞬、息が止まった。 (違う、そうじゃない) そう否定したいのに、声が出ない。絶対に違うけれど、それならどうしてと、聞かれたら。 「ユベル…?」 不安げに名前を呼ばれて、ユベルは絞り出すようにこう言った。 「…違います。私が王子を…好きだからですよ。だから、いいんです」 震えた声は嗚咽にも似ていて、事実涙がこぼれそうだった。 「…すみません、ちょっと、頭冷やしてきます」 「えっ、ユベル!?待って!」 このまま答えても誤解ばかり深める気がして、今はどうしても待てなかった。 王子は、それ以上追いかけてはこなかった。 * * * 「…それが自覚ですよ、王子」 城と取り囲む町が一望に見渡せる丘の上で、ユベルは呟いた。視界に広がるのは、王子がいずれ治めるべき国の姿。 彼が命じれば、些細な我がままでも発言すれば、たいていの人間は従うしかない。それは一歩間違えば、意図せず何かを強制してしまうかもしれない立場にいると言うこと。 命じられれば従うだけ。自分も結局はその程度の人間でしかない。それを承知で、この役目を引き受けた。けれどそれは― (利用しているのは私の方だ。王子の傍にいたいがために、この役目を引き受けた。あの王なら、そして王子なら、断っても罰したりしないと分かっているのに…) 「…あなたが好きだから、あなたの我がままにだってつきあいたい。あなたが好きだから、一緒にいたいんです。人の表層に惑わされない、優しさで真実を見抜けるあなただから…」 (ずっと一緒にいたい) 誰も見ていない丘の上で、涙が涸れるまでユベルは泣いた。 王子と結ばれたいなんて、大それた願いはどうしても持てなかった。そんなことを願うには、自分と王子の器はあまりにも違いすぎる。 (ずっと一緒にいたい。どんな形でもいいから…一緒にいられるなら、それだけでいいから) 「私は、あなたが好きです。王子…」 * * * (戻ろう) 泣くだけ泣いてから、ユベルは立ち上がった。 あの優しい王子に、王子だから嫌々一緒にいるかもしれないなんて、思ったままにさせたくなかった。本当は王子が思う以上に、自分は王子を大好きなのに。 (…それでも本当のことは、言えないけれど) 王子と別れた茂みまで戻ってくると、その場でうずくまるようにして眠っている王子がいた。 「…王子、王子。こんなところで寝たら風邪をひきますよ。一緒に帰りましょう」 「…あれ、ユベル…。…っ!」 心配そうな顔で、王子がユベルを見つめる。 「…泣いて、なかった…?」 「泣いてません」 「嘘だ、絶対泣いてた!」 「泣いてません」 「泣いてたじゃないか!だけど、追いかけられなくて、ボク…」 俯いた王子が、顔をあげてこういった。 「…ボクのせいで泣かせたなら、ごめん。ボクは、どうしたらいい?」 その真摯な瞳に、ユベルはそっと笑った。 「…王子のせいじゃありません。もう、大丈夫ですから。悪いと思ってくださるなら、一緒に帰って叱られましょう?」 「…ユベルは、それでいいの?」 「王子を見捨てるなんて、できるわけがないでしょう?王子はボクの、大切な友達ですから」 「…友達だから?」 「はい。友達につきあうのは当然でしょう?」 ユベルが差しだした手を握って、王子が立ちあがる。 「友達なら、ずっと一緒にいてくれる?」 「ええ、もちろん」 「約束だよ!」 そう言った王子の笑顔に、どうしても胸は痛んだ。 ずっと一緒にいたい、同じで違う願い事。それでも王子と共にいられるなら、自分はどんなことでもしようと、その笑顔にそっと誓った。 |