想い寄せ、始まる運命
 
 

 八、約束―to the Generation neXt


「…行ってしまったのですか?」
 背後から聞こえた声に、振り向かないままで王は答えた。
「ああ」
 王の隣へと歩み出ると、青年は王と同じように、遠い夜空を見つめた。
 その青年は、王子と共に剣を学び、戦い方を教えてもいた兄弟子だった。
 こうなることを、事前に知っていた一人だった。
 
 * * * 

「本当に一人で行くのか?」
「一人じゃないよ。ユベルがいるから」
「似たようなものだろう」
 すげなく否定した青年に、王子は淡々と言った。
「これはボクの…ボク達に与えられた使命だもの。そのためにボクは、この闇の力を持って生まれた。みんなを巻き込むわけにはいかないよ」
 悲壮にも聞こえるそのセリフに、しかし青年はため息をついてこう返した。
「…オレにまで、そんな建て前で通す気か?」
 王子にそんな呆れた顔を見せる人間は、そう何人もいない。
 王子は複雑な表情で、困ったように笑った。
「…嘘じゃないよ?」
「嘘とは言っていない。建て前だと言ったんだ」
「…やっぱりお見通しかぁ」
「でなければ、オレはお前と戦ってでもお前を止めるぞ」
「それは困る!」
 反射的なそれに、青年は苦笑した。
「だったら、オレにくらい、本当の事も話していけ」
 普段そっけない彼の、珍しい微笑がそこにあった。見た目ほど淡泊ではないけれど、それでも滅多に見せてくれない。
 その表情に観念して、王子は言った。
「…この国の皆を守りたい。だけどそれ以上に…ボクは、ユベルといたいんだ。…だから、ここには帰れない」
 今度こそ、それは悲壮な決意だった。
 青年は、静かにこう告げる。
「…お前が王位を放棄しても、誰もお前を責めはしないぞ。…そうでなくても、そんな権利は誰にも無いんだ」
「そうかもしれない。でも、ボクは…皆にどんな顔すればいいのか、何を言ったらいいのか、よく分からないんだ」
 呟くように、囁くように、独り言のように王子は言った。
「この血に生まれついたから、得られたものがあることを知ってる。それを全部無視して、皆と同じになりたいなんて言えないよ。ボクにだって、そんな権利無いんだ」
 王族に生まれるには、優しすぎたのだろうと青年は思う。背負うものの大きさを意識し過ぎて、身動きが取れなくなる。
 そんな優しさを持つ彼こそ、本当は誰より王にふさわしいのではないかと、そうも思うけれど。
 うまくいかないものだと思いながら、青年は笑った。
「オレには、手出し無用と言ったようだがな」
「…ごめん」
「謝る必要は無い。言わせたようなものだ」
 本当にそんな必要はないのに、きっとそう思っている彼に。
 言いたかったのは多分、この台詞だったのだ。
 そんな後ろめたさなど、持たなくていいんだと。
「…元気で」
「うん。…キミ達も、元気で」
「ああ」

 * * *
 
 もうとっくに、さよならは済ませていたけれど。
「寂しくなりますね」
「そうだな」
「…だからと言って、まだ腑抜けてもらっては困りますよ。これから忙しくなるでしょうから」
 そう言って笑いかけた顔に、王は苦笑した。
「そなたも言うようになったな」
「王子に負けてはいられませんから」
 
 * * *
 
 その翌日。
「ええー、王子、ユベルと駆け落ちしちゃったの!?」
 一部始終を聞いた青年の弟の声が響いた。
「大きな声を出すな。極秘事項だ」
「でも…だってこれじゃ、皆に嘘ついちゃうじゃないか」
「“帰ってこなかった”のは嘘じゃない」
「そんなの、屁理屈だよ!」
 いっそ清々しいほどに真正面から切って捨てられ、つくづく敵わないと青年は思う。
「仕方ないだろう。ユベルと王子は…竜と人間は、次の血族を紡げない。だからと言って、王族を残すためだけに他の誰かと結婚できるほど割り切りのいい奴じゃない。どうにかして煙に巻く手を、アイツが選んだんだ」
「そーゆーズルいの、確かにらしいっちゃらしいけどさ…」
「お陰で王家は存続の危機だ。オレ達もそうそう楽はしてられん」
 いいながら、青年の顔に浮かんでいるのは紛れもなく笑顔だった。
「…なんか兄さん、元気そうだね?」
「自分の手で守れるものがあると思えば、やる気にもなる」
 守れるものが何かとは、青年は言わなかったけれど。
 多分それは、この国だけではないのだろう。
 王子と共に剣を学びながら、王子が心のままに生きることを、王子の自由を、ともすれば誰より願っていたのが彼だった。
 だから、優しい王子がこの国に縛られないでいてくれたことが、王と王子から託された信頼が、彼は嬉しいのだ。
「…決めた」
 そんな兄を見て、弟は呟いた。
「ボク、王子を追いかける!それで王子のこれからを、みんなに伝えていくんだ」
 極秘事項と言ったのが聞こえていなかったようなその発言に、青年は目を丸くして弟を見つめた。
 その視線に、心外だと言わんばかりの視線が返される。
「だって、王子を好きな人はこの国にいっぱい居るのに、ほんとのこと知らなきゃ寂しいばっかりじゃないか。王子だって、寂しい思いさせたくて出てったわけじゃないでしょ?公式発表は公式発表、ボクは非公式でやらせてもらうよ」
 そして意味ありげに、弟は笑った。
「そのときはもちろん、兄さんにも教えてあげるよ」
 誰かをほうふつとさせるその表情に、青年は苦笑する。
「…誰に似たんだろうな、お前は」
「さぁ、誰かなぁ」

 彼が王子を追いかけ、伝えられた後日談は、あるいは眉唾として否定され、あるいは公然の秘密として民達に受け入れられることになる。そしてそれは、何百年何千年と受け継がれるおとぎ話の元になるけれど、それはまた別の話―

 * * *




 どれだけの時が流れたのか。
 今いるここがどこなのか。
 それが分からなくなって久しいけれど、確かに時は流れているのだろう。
 まどろむような時の中で、王子は呟いた。
「…もしも生まれ変われるなら、そのときは名前がほしいな。ボクだけの名前が」
「…王子?」
「それは、キミを縛る人の名前だから。そしてボクを縛る名前だから。それが嫌なわけじゃないけど…キミと二人でいるためには、それを捨てるしかなかったから。名前があったら、少しは違ったのかなって」
「………」
「ねぇ、ユベル。ボクの愛は、永遠にキミだけのもの。もしも生まれ変わっても、ボクはきっとキミを見つける。そのときはボクの名前を呼んで。ボク達の愛を、自由へと解き放てるように」
「…はい、必ず」
「ありがとう。大好きだよ、ユベル…」




 抱きしめた胸の青い鳥は 高く舞い上がる時をまち
 名前のない日に 名前をさがしてる
 大空に うたをひびかせ 静かに歩きはじめた

 (Natural/NOKKO)




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