十、自由の名前 とあるマンション、とある家の前で、十代は立ちつくしていた。 「いつまで突っ立ってる気だい」 「いや、なんか…緊張して」 「君のうちだろう?」 ユベルの言う通り、十代が見つめる表札には、確かに「遊城」と書いてある。 「つったって、もう五年くらい会ってねーし…」 なおも躊躇する十代に、ユベルは澄ました顔で言った。 「ま、ボクもあんまり会いたくないけどね。キミにボクのこと忘れさせた奴なんて」 「そう言うなよ。あれは…」 言い淀んだのは、自分の言うことが間違っているかもしれないからではない。 ユベルを傷つけるのが怖いからだ。 「…仕方、なかったんだ」 けれどその言葉に、ユベルは優しく微笑んだ。 「分かってるじゃないか」 「え?」 あっさりとしたユベルの引きに、十代は面くらう。 「ボクも、今は分かってるよ。全部思い出したから。キミを守るために必要なことだった。キミの想いに…逆らう、ことが」 「………うん」 永い永い孤独な時間にさらされ、ユベルの中で歪んでしまった約束。それは王子の魂を受け継ぐ十代の友を傷つけ、十代を孤独にする呪いへと変わってしまっていた。それでも十代は、ユベルを嫌いになれなかった。 幼い十代は、無力だった。だから、あてどなく広い宇宙に願いを懸けた―どうかユベルに、正義の心を与えてください。 けれど、そう簡単にはいかなかった。暗い宇宙をさまよい、ユベルは苦しみ続けた。そしてユベルを想う十代の心は、どんなに遠く離れてもユベルの苦しみを感じとってしまい、十代自身を苦しめ続けた。見かねた両親が十代の中からユベルの記憶を消して、ようやく十代は普通の生活を送れるようになったのだ。 そうして得られた時間は、十代が強くなるための時間だったのかもしれなかった。十代から忘れ去られたユベルの孤独は、約束の歪みに拍車をかけてしまっていた。悲劇は、さらに過酷な形で繰り返された。そして十代は知ったのだ。ユベルの心を正せるのは―ユベルを救えるのは、他でもない、前世で約束を交わした自分だけなのだと。 「…痛かったけどな」 「そうだね。だけどそれがキミの愛なら、ボクは耐えようと思った。どうか愛があってほしいと願ったボクに、真実は優しかった」 その言葉に頷くように、よし、と小さく気合を入れて、十代は玄関のチャイムを押した。 返事があるかと思ったが、その前にばたばたとした足音が聞こえて、勢いよく玄関の戸が開いた。 「十代!!」 泣きそうな顔の母が、有無を言わさず十代を抱きしめた。 ハタチすぎの息子を迎える態度じゃないだろう。 そんなこと、言えるわけもなくて。 「おかえりなさい、十代」 懐かしい声に、十代はそっと笑った。 「…ただいま」 * * * ―父さん、ひとつ、聞いていいか? ―なんだ? ―オレの名前…なんで、十代って言うんだ? ―大人になっても、十代の少年のような、自由な心を忘れないでほしい。 その自由な心で、どんな人も認められる優しい人になってほしい…そんな意味だ。 ―…そ…っか。 ―だから今日は、とても嬉しかったよ。 その願いの通りに成長してくれたことが分かって。 ―な、なんか、照れるな…。 ―はは、そうか。 ―うん。…その…。…ありがとう、父さん。 |