episode1 かくしごと 昼休みが始まって早々、藤原は教室を飛び出した。午後の授業で提出するはずの宿題を寮に忘れたからだ。 幸い寮は学校の敷地内にある、昼休み中に戻ってくることは簡単だ。ただ今日の場合、鍵まで部屋に忘れてきた―そもそも宿題を忘れた理由も、今日自分が日直だということに起きてから気づいて慌てて飛び出したからだ―ので、寮に戻る前にルームメイトの吹雪に鍵を借りに行かなければならなかった。 「図書室開いてれば、こんな階段上らなくてすむのに…」 いつもは藤原の教室と同じく二階にある図書室が吹雪や藤原他数人のたまり場になっていて、昼休みはたいていそこで過ごすのだが、今日は司書の先生が出張とかで図書室は休館だ。 (天上院のクラス行くの、そう言えば初めてだな) そんなことを思いながら階段を上がる。 どうせ教室でもうるさくしているんだろうという予想を持っていたのだが(図書室では仲間内でしゃべるのが主目的であるため、吹雪を筆頭として騒ぎすぎだと司書の鮎川先生によく叱られる)、それに反して、そこで見たのはえらく静かに文庫本を読んでいる吹雪だった。なんだか彼のまわりに、なんというか、冷たい空気が漂っている気がする。 「天上院!」 微妙な違和感を感じながら、藤原は入り口から吹雪を呼んだ。 ―こちらを振り向いた顔が、ひどく嬉しそうに見えた。 読んでいた本を机の上に置くと、窓際まで駆け寄ってきた。 「どうしたんだい?」 「宿題部屋に忘れたんだけど、鍵まで閉じこめちゃっててさ。鍵貸してよ、また返しにくるから」 「え?ああ、そんなことだったら一緒に行くよ。またここまで上がって降りるの、面倒だろう?」 「別に、そこまでしてくれなくていいよ」 「いいからいいから、ほら、行こう」 「あ、うん…」 藤原の返事もどこ吹く風で教室を出る吹雪に、藤原はついていくしかない。 そうやっていつものように笑っている吹雪と、教室で最初に見た横顔とがあまりに一致しなくて、疑問が頭をもたげてくる。 図書室でも部屋でも、読んだ本やら部活の話やら、他愛ない話で盛り上がっていて全然気づかなかったけれど。 彼の、今のクラスでの話を聞いたことは、そういえばほとんどない気がする。 「…教室、いたくなかったのか?」 「え?…いやー…別に」 吹雪が一応は笑いながらも言葉を濁すところを見ると、その予想はだいたい当たっていて、しかもあまり言いたいことではないらしい。 なんとなく何を言っていいかも分からないまま、適当な話をしているうちに二人の部屋に着いた。 鍵を開けてもらった藤原は、机の上にあった目的のノートと、それから自分の鍵を確保する。 「ありがとう、助かったよ」 「ううん」 とりあえず長居する理由もない。部屋を出て鍵を閉めて、さてこれからどうするかと、そう思ったのは一瞬だった。 何事もなかったような顔で、藤原は言った。 「天上院、昨日借りてた本もう読んだか?」 「え?ああうん、さっき読み終わったところ」 「あ、じゃあもう言ってもいいよな、あの本の最後でさ―」 いつもと変わらない他愛のない話。 テンションがかみ合わなかったのは最初だけで、あとはすんなりいつものペースに整っていった。 そのまま二人は、図書室の代わりに藤原の教室で昼休みを潰して。 授業開始ぎりぎりに駆け上がっていく吹雪の後姿を、藤原は若干の心配を抱きつつ見送ったのだった。 081017 +++ episode2 どうして に続く +++ |
吹雪が読んでるのは「涼宮ハルヒの憂鬱」とかだと思う。 |