episode7 わかって 吹雪が呼び出されてやってきた理科準備室、カーテンを閉め切った部屋の中に、藤原はいた。 「どうしたんだい?こんな暗くして…」 その言葉に藤原は答えない。 無言で距離をつめられて、不意に、突き飛ばされた。 「うわっ!」 起き上がろうと思うよりも前に、それは藤原に遮られていた。 「…分かってる?こんなところで二人っきりっていうのがどういう状況かさ。オレちゃんと言ってるよね?お前のことが好きだって…!」 呼び出されたこの部屋は化学部でいつも使っている部屋で、吹雪が不審に思うはずなどなかった。この部屋で二人きりになった回数など、数えるのも馬鹿馬鹿しい。 両手首を押さえつけられてのしかかられた状態で、吹雪は何も言わない。張り詰めた表情のまま目を見開いているだけだ。 けれど藤原が吹雪のシャツを強引に引きちぎったのを合図に、吹雪が抵抗しはじめた。 「ちょ…っ駄目だってば!!」 吹雪の衣服を剥ぎ取ろうとする藤原の手と、それを阻止する吹雪の手が交錯する。ほとんど取っ組み合いに近いやりとりの中で、不意に藤原が叫んだ。 「なんでだよ!!あいつらが何したって何も言わずに許したくせに!!なんで…っ」 「…っ違う!!ボクは彼らを、許してたわけじゃない!!」 いつの間にか、押し倒されていたはずの吹雪は上体を起こせるだけのところに藤原を押しやっていた。 「どう違うんだよ!!」 座り込んだ藤原と、起き上がった吹雪の目線が、同じ高さにある。 「ボクはそこまで強くないよ。ただ放っておいただけだ、自分のしてることの意味も結果も、何も分かってないような奴なんか、怒る気にもならなかったってそれだけだよ!!」 「意味分かんないよ…っ」 「そんなことない」 言葉のひとつひとつが重みを持つ緊張が漂う中で、それでも静かに、吹雪は続けた。 「キミは自分が何をしてるのか知ってる。キミが本気で、ボクの気持ちなんか無視してボクを抱きたいなら、ボクはきっと止められない。止められないまま、最後には多分、それこそキミの全部を許すけど。…キミは、そうじゃないだろう?無視したいわけじゃないだろう!?」 「オレは…オレはもう、吹雪が手に入るならなんだっていい…っ」 「それなら何故、今キミは泣いてるんだ!!」 吹雪が叫んだ言葉に、藤原が硬直する。 その右手が、頬へと伸びた。 涙のあとを、確かめるように指がたどる。 どうしようもないやるせなさで、吹雪は藤原を抱きしめた。 「キミがボクを好きだなんてこと知ってるよ。同じ気持ちを返してあげられなくても、ボクだってキミが好きなんだ。だからそんな風に、自暴自棄にならないでよ…!」 +++ 「…吹雪の言う通りだな」 その声に藤原が顔を上げると、いつの間に入ってきたのか吹雪の背後には亮が立っていた。 「お前、いつから…」 「止められたくないなら、鍵くらいかけておけ」 「その言い方おかしいだろ!」 真っ先に止めに入らない亮の豪胆さに突っ込みつつ、後悔が滲み出ている藤原のセリフに、亮は悠然と笑った。 「お前以外には、こんな言い方はしないさ」 それは多分、信頼しているという意味なのだろう。 「…お前らなぁ、どんだけオレ泣かせたら気が済むんだよ…っ」 責められても見捨てられても仕方が無いのに全部を許されて、これ以上どうやって我を張れると言うのだろう。 失恋の痛みも信頼の喜びも全部一緒になって、涙は当分止まりそうになかった。 090116 +++ episode8 ほんとのきもち に続く +++ |
自分の感情を受け取ってもらいたい相手が受け取れる状態になくて彷徨っていたのは藤原も同じだったりする。 藤原がぶつけたい相手は、ほんとは他にいるのです。 |